星の降る田んぼ

2017.06.08 09:00|away-soul
ちょうど田んぼに水が入る時期に近くまで行ったので寄りました。



新潟県十日町市です。
なんとなく棚田が見たくなりましたんでした

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ほんまに気持ちの良い景色です。
朝霧の風情なんかがものすごく人気だそうで、カメラがダーーーっと並ぶそうです。

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こちら、星峠の棚田
にほんの里100選や日本の絶景&秘境100選にも選ばれているらしい。
今、これを見るとNHK大河ドラマ天地人のオープニングに登場って書いてますねぇ、、。先日栃尾に行くまで全く気にもしてませんでした(笑)。十日町市にはたくさんの絶景棚田ポイントがありまして、その中でもこちらの星峠が一番有名だそうです。この時もたくさんのカメラ小僧さんたち、ライダーさんたち、アベック、家族連れなどさまざまな観光客が訪れていました。が、こちらで目についたのが若い男子の2人旅、最近どこにいっても女性グループは見ますが、ヤング男性だけというのは女性だけにくらべて少ないように思うんですが、こちらは所謂旅男子?に人気なのか?わからんけど、誰でも感動する風景ではありますが。

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十日町駅に十日町市総合観光案内所がありまして、そちらで地図と懇切丁寧な説明を受けました。山桜の時期だったのでその日の桜開花ポイントとか特に撮影に特化した場所案内をしてもらえまして、とても助かりました。しかも、ナビ入力用住所なんかも教えてくれて話がめちゃめちゃ早いです。

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レネ・マグリッテな風景が見える駐車場
駐車場やオーバールック、トイレも敷設されています。
駐車場やトイレがあるというのはポイント高いです。

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日陰にはもちろん雪が残っていて寒々しい。

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イカリソウ
イカリソウ、大好きです。この骨っぽいかんじがたまらん。

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ショウジョウバカマ
野草がたくさん咲いていて、雪割草やカタクリなんかもみられて嬉しかったです。
ボーっと棚田を見ていたら

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サシバがちゅーいと飛んで来ました。

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棚田を隔てた向こうの丘にとまった。
遠いっちゅうねん(あはは)
鳥見にきたのではないのですが、ものすんごく良い鳥だらけで興奮して脱線ゲームになりそうでした(あははは)。

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夜なんかは水田の鏡面に星が映って
きっと星が敷かれているような棚田になるんやろね。
銀河田んぼの夜、素敵やろねぇ。
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生麦大豆二升五合

2017.05.30 09:00|away-soul
シリーズキヨトその13
六波羅から清盛つながりでこちらへ

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三十三間堂
正式には蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)天台宗妙法院の境外仏堂。
ご本尊:千手観音(蓮華王)。
元は後白河上皇の離宮内で、1164年ごろ平清盛が後白河上皇の命により造営。
『法華経』などに観音菩薩が三十三変化して衆生を救うと書かれていることから、三十三間堂には本尊脇仏合わせて千一体が各三十三に化身するちゅうことで1001X33=33033、そう「三十三間堂の仏の数は三万三千三十三体」と言われるのはそゆことです。

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東面、南北にのびるお堂内陣の柱間が33あるので三十三間堂。
小学校の修学旅行で、1001体の千手観音像の中には、必ず自分に似た顔と、会いたい人に似た顔があるというようなことも聞いたんで、みんな必死で学友の顔とか自分の顔を探しましたねぇ(会いたい人というのはピンとこない和歌山の田舎のガキーズ)。現存する像のほとんどは、鎌倉時代に再建されたもの。1001体のうち建長元年(1249)の火災の際に救い出された三十三間堂創建時の平安時代の像(長寛仏)は124体、再建時(鎌倉時代)の像は876体、他に室町時代に追加された像が1体。玉眼は5体のみで、他は彫眼。とまぁ、メインは千手観音像達なんですが、私が繁くこちらに足を向ける理由は1001千手観音像ではなくて、その前にずらりと並ぶ二十八部衆像と風神雷神、これがもう頭の線がキレそうなぐらいすばらしい。この30体の像をすべて7センチぐらいのフィギアにして机の周りにずらーーりと並べたいねぇ。ほしいわー。

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夜泣腺
『古今著聞集』に「いつも冷たく美味しくて飲んでもお腹を痛めることのない”極楽井”でどんなに汲んでも尽きず、汲まない時も余ることのない不思議な泉だ。」と記されている。静かな夜に水の湧き出す音が人間のすすり泣きに聞こえることが名前の由来らしい。その流れでいつの頃からか赤子の夜泣封じに功徳があると言われている。すすり泣きが聞こえてくることには全くホラー感はないみたいです。あ、ホラーというと三十三間堂を清盛に造らせた後白河上皇はひどい頭痛持ちだったが、上皇が熊野詣で祈願するとお告げがあり、どうやら前世で熊野詣でから帰る途中行き倒れになったことがあり、その頭蓋骨を貫いて柳が生えて居るので柳が風に揺れるたびに現世で頭痛が発症するということらしかった(それはすごい)。で、上皇はお告げの通り和歌山の白浜を流れる富田川(とんだがわ)を調べさせたら、ちゃんと柳が目をうがっている髑髏が見つかった。三十三間堂の千手観音の中にその髑髏を納め、柳の木を梁に使ったところ、上皇の頭痛は治ったそうだ。後白河上皇というと熊野詣マニアで有名で34回歴代最高記録を保持していて、和歌山では有名人ですわ。このドクロエピソードの絵本とかも子どもの頃読みました。ちなみに熊野詣ランキングは2位後鳥羽上皇の(28回)3位鳥羽上皇(21回)です。
話を戻しまして、そんなドクロレジェンドもあるので「頭痛封じの寺」として有名になり、「頭痛山平癒寺」(あはははははは)とニックネームがつけられていたりするのだった。私も頭痛持ちなのでよくよく千手観音様にお願いしておく。
三十三間堂は他にも面白い話がてんこ盛りです。
がしかし、もう一箇所どうしても寄りたいので断腸の思いで移動。

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東寺
その昔、千本通が朱雀大路という名前で大内裏の南を守る朱雀門からビューンとまっすぐにとおっていました。でその南端に羅城門があって羅城門の東西を東寺と西寺が守護してたんですねぇ。現在は羅城門も西寺も跡ばかりですが、東寺は昔のままにバリバリ(死語)現役です。
真言宗全体の根本道場で総本山。金光明四天王教王護国寺秘密伝法院、または弥勒八幡山総持普賢院という二つの正式名称を持つ。ご本尊は薬師如来。嵯峨天皇が空海に下賜されてスタート、正式ファウンダーは桓武天皇。ちなみに和歌山の高野山も空海が嵯峨天皇から下賜されたもので、高野山真言宗総本山金剛峯寺。高野山真言宗の総本山ですわ。東寺は東寺真言宗、ややこしですよねぇ。
ともかく、なんせ都なので宝物がハンパないです。鼻血でますわ。
春の特別拝観で、東寺と後七日御修法、弘法大師空海の宝物。
宝物館、金堂、講堂、五重塔、観智院が大公開されておりました。

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東寺 五重塔
内部撮影禁止でお見せできないのが残念ですが、それはそれは極楽もかくやある、という風情でした。
んでもってやっぱり圧倒されたのが講堂の立体曼荼羅、やっぱり何遍みてもちびるほど感動します。すこーし堂内がくらいし立体で奥行きがあるので双眼鏡を持って行くのがおすすめ。もう、言葉はないですねぇ。
東寺←HPでちょっと見られます。
もー、仏像好きでなくても一度は絶対に見ておくべきでしょう。宗教とかそんな枷からすっかり外れてしまう、すばらしい芸術となっています。

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東寺の地主神さまをお祀りする八嶋殿(やしまでん)
西向き
鎮守八幡宮は南大門を入って左手
ちょっと境内を歩き、またお堂に戻ったりして、しつこく楽しむ。

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観智院 虚空蔵菩薩
うわっ、もっそくそ脳みそ歪んだ写真(あはははは)。
いろいろとてんこ盛りに考えましたが、もう、きりがないので割愛。
なんなんやろねぇ、3Dのスカルプチャーはものすごくキッパリと好み好まざるが自分の中にありまして、全く悩みません。仏像の好きなのはそのままトリップさしてくれる。
大大大満足、もちろんまだまだ拝見したいものはありまくりですが、なにせ物理的に無理ですし。足るを知りましょう(あははは)。

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善女大龍王
脳みそ3Dスカルプチャーが踊り狂いながらぐるぐるまわります。
こうして少し間をあけて京都に来ると存外得るものが多くて、同じものでも見方がまた違って面白いですし。
すっかりトリップハイの状態で、こうなると醍醐寺とか奈良の興福寺、高野山の神護寺も長いこと行ってないし、行きたくなるねぇ。

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ほんま、楽しかった。やっぱり都はええなぁ、、。
シリーズキヨト次回、最終回(ていうかオマケ)
私の心を鷲掴みにした食べもん特集
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幽霊子育飴

2017.05.29 09:00|away-soul
シリーズキヨトその12
飴買いがてら六波羅へ来ました。



京名物 幽霊子育飴
みなとや本舗さんです。
450年以上の歴史ある飴屋さんで、若き日の水木サンがこちらの飴を食べてゲゲゲの鬼太郎が誕生したのは有名。鬼太郎は墓場で生まれたという設定がまさにコレ。すんごいコトなのでスよ!ものすんごく有名なお店ではありますが、飴1種にお茶1つ2つしか取り扱いがないということもあってか、誰も客がおらん(滝汗)。ていうか、この飴屋で私は他の客にあったことがない。まさか、店主も私が墓場から赤子の飴を買いにきたとは思わんだろうけど(いひひ)

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優しいお味の綺麗なべっこう飴で、毎日ほちほちたべても全く飽きません。
子育幽霊は有名な話ですし、落語や絵本や日本昔ばなしでもやってたんでまず知らん人はおらんかと思うが、ストーリー的には埋葬された女性が(もちろん土葬)、墓の中で出産し、死体なのでもちろん母乳が出ないので幽霊となり夜な夜な飴を買いに行き、飴で約1週間赤子をサバイブさせた。女性が使ったお金が全部で6文(三途の川を渡るために一緒に埋葬されるお金)、この大筋で細部はバリエーションがあります。この子育飴の話は説法に使われてものすごく流布したのであちこちで別バージョンなんかもみられます。
自分への京のお土産にはこの子育飴やねぇ、満足満足。

して、なんで、この場所で子育飴か?というと
この飴屋さんのある辻がまさに

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六道之辻です。
清水寺の回でさっくり書きましたが、清水寺のあるあたりは平安京の死体捨て場/火葬地であった鳥辺野でこのあたりはまさに鳥辺野の入り口あたりになります。そんなんで、此岸と彼岸の境にあたるということで「六道の辻」と呼ばれています。しかも飴屋は六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)のブロックにありますんですわ。六道珍皇寺というと小野篁がこちらの井戸を通って冥界に通いながら閻魔様の冥官を勤めていたという由緒正しいトワイライトゾーン。しかも平清盛を荼毘に付したのもこのあたりだという伝承があるし、木曽義仲の首塚もあるし、日本史上最強の怨霊といわれる崇徳天皇をお祭りする安井のこんぴらさんもこの近所。
それはそうと、私が定点観察している自宅エリアの鳥屋野潟も初めて案内されたときには、その名前から昔は死体を棄てる場所だったのかと想像してしまいました。が、鳥屋野潟は今でこそドライですがつい最近まで完璧にウエットランドだったそうで、向き不向きでいうと不向きな場所。それに人が入植したのは最近(1500年代後半)なので単に鳥が多いところで鳥屋野か、もしくは入殖当時から“河川の氾濫”と“排水の悪さ”のために収穫が見込めない墓場のような場所だったのでトヤノとよばれたのか、とか色々妄想がつきません。私的には単純に鳥という字が入っていて気に入ってます。
話はズレズレになりましたが、六道之辻というと

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平清盛の邸宅があった場所で、清盛が六波羅殿とよばれるのはこの場所の所為。今でもうちの一族は場所名でよばれるんですが、ま、かわらんわな。鎌倉時代は六波羅探題があったところ。
京都に来ると、清水寺と並んでなぜかやたらと足を運んでしまう六波羅蜜寺
去年からやたらと清盛関係の小説を読んでいるのでさらに気分アゲアゲ〜〜〜。

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補陀洛山六波羅蜜寺
真言宗智山派でご本尊は十一面観音、ファウンダー:空也上人。
”波羅蜜”というと般若波羅蜜多心経(般若心経)の波羅蜜で、悟りの世界(彼岸の一つ)へ行くというのような意味あい。
西国三十三所第17番札所で、西国三十三所というと、那智山青岸渡寺から谷汲山華厳寺までの観音様の霊場を回るスタンプラリー巡礼行で、1、2、3が和歌山スタートということもあり小さいころからかなりファミリアです。昔のように徒歩で巡礼するわけでなく、一度に全部まわらんとあかんわけでなく、自家用車やバスなので実家から一番遠い谷汲山で3時間ちょい、自分で運転しなくても、日帰りや1泊で数カ所回る巡礼バスツアーなんかもたくさんあって人気アクティビティでした。最近は御朱印集めが流行っているそうで若い人の巡礼も多いみたいですね。うちのばあさんたちも帷子や掛け軸に御朱印をもらって集めて、死んだ時に棺桶に入れてもらったり、入れてあげたりするもんでした。もちろん掛け軸なんかは飾ってオッケーですし。前に若いガタの人に和歌山というと西国三十三所のスタート地点ですね、という話を振られて驚いた(若い妙齢のギャルだったので)のと、とても嬉しかったです。
話はまたもやズレズレ、六波羅蜜寺にもどします。

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踊り念仏で有名な市聖の空也上人が天暦5年(951)に建てた十一面観音を本尊とする道場がこちらの開山。空也上人は疫病の蔓延する都で御本尊を車に乗せて引きながら歩き、念仏を唱え、病人に茶(薬的なもの)をふるまって多くの人を救済したそうだ。清水寺や鳥辺野が荼毘に付したり死体をひきとってもらうところだと書きましたが、下々の人々、今で言うところの一般人いわゆる人でない層は道端にほったらかしか、もしくは鴨川の岸辺に捨てられ、風葬状態だったそうで色んな物語や絵巻物などにもその様子を伺うことができます。そして、その鴨川岸に僧侶僧600名を集めて大規模な大般若経供養会を行った空也上人です。

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宝物殿内部は撮影禁止ですのでこちらでご勘弁
小学生のころから空也上人像に異常に執着していますが、我ながら意味不明。空也上人自身に興味はそないにないんですが、こちらの空也上人像になぜか興奮するんですわ。小さいころに何遍も絵を書いたりしたりもしました。デビルズタワーかっ(笑)。鎌倉時代、康勝(運慶四男)作。お坊さんの像というとほとんどが坐像、たまーーに地蔵菩薩とごっちゃになったよな石仏はあるけどねぇ。この空也上人像のすごいところは踊り念仏中の空也上人をリアルに再現しているところ、そのまま歩き撞木をならして読経しそうな勢いですわ。口からは「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える度に阿弥陀仏が口から出現する様子が3D画像で見られるという視覚効果。なんというビジュアルかっ。
それと平清盛像とされている、入道の坐像。私の中ではどの平清盛がでてくる小説を読んでも脳内でこの坐像の清盛が再生されます。
狭い宝物殿ですが、平安鎌倉期のすばらしいスカルプチャーが揃っていて何時間でも過ごせます。もー、ただただため息のすばらしさ。が、しかし、ここで何時間も過ごしていられないので退出。

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六波羅蜜寺の手ぬぐい
今回ゲットしたのは下側のもの。上側のんは20ン年前に購入したもの。

重くとも 五つの罪は よもあらじ 六波羅堂へ 参る身なれば

五逆罪を犯した重い罪人でも、六波羅蜜寺に参れば罪は消えていく、というような御詠歌。まぁ、刑事責任が消えるというのではなく、仏教徒としての罪のこと。空也の教えはのちに法然や親鸞が唱えた全ての人、女性や罪人までもが阿弥陀に帰依するだけで救済されるというような形態の先駆的な考え。口称念仏の祖、なんまんだぶのパイオニアですな。
念仏ておもろい考え方だと常々思っていたが、この前善光寺の勤行を拝見してから、なんで爆発的に流行ったのかちぃと理解したような気がした。
てなことを考えながら移動していると、

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光線て!!!
スペシウム?

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怨霊を慰める

2017.05.25 09:00|away-soul
シリーズキヨトその11
今回のメインエベント上御霊神社に到着

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御靈神社
下御霊神社もあるのでややこしからこちらは上御霊神社と呼ばれるが、正式には御靈神社。延暦3年(784)桓武天皇が長岡京に遷都、その長岡京造営最高責任者藤原種継が暗殺され、早良親王が首謀者に決めつけられた。早良親王は幽閉中無実を訴えハンガーストライキをするが、淡路へ流罪に決定、護送中に憤死。早良親王憤死後間も無く桓武天皇親近者が相次いで死去、天変地異も続き、早良親王の祟りが原因とみなされて、早良親王に崇道天皇の尊号を追贈、寺などを建立し鎮魂された。で、9年後の延暦13年(794)桓武天皇が平安京に遷都する際に京都の守護神として早良親王をお柱に祀ったのが御靈神社。その後、御柱が増え、863年(貞観5)悪疫退散の御霊会が勅命により開催されたので、創建は794と863の説があるが、祟り神、御霊信仰の元祖といわれているのがこちらの御靈神社。



ちょうど御霊祭前で贄がささげられていた。
御霊祭は明治までは旧暦8月18日に行われていたが、現在では新暦5月18日に行われている。魂を鎮め続けている洛中でもっとも古く重要なおまつり。

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お神輿もなかなかにズッシリとした霊気が、、
3基の神輿は後陽成天皇、後水尾天皇より御寄進、それと元貴船社より奉納
後陽成天皇は牛車も御寄進されている。他の鉄灯篭や太刀、鉾などのほとんどが天皇や院よりの御寄進。天皇家にとってよっぽど祟る方々なんでしょうねぇ。天皇家に祟っているというよりも天皇家に藤の蔓のようにからみついた藤原の血に祟ってそうな気がしますが。

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お神輿、牛車、鉾の行列がある。
お祀りされている祭神、祟神様たちをご紹介
本殿にお祀りされている八座
1、早良親王(さわらしんのう)
49代光仁天皇の皇子。詳細は上記済み。
2、井上内親王(いのえないしんのう)
第45代聖武天皇の第1皇女で光仁天皇の皇后。5歳から6年間伊勢神宮斎王を務める。光仁天皇を呪詛疑惑で廃皇后、他戸親王も廃皇太子となる。さらに、難波内親王呪殺嫌疑で、他戸親王と共に官位剥奪され奈良五条に幽閉、すぐに不審死(暗殺疑惑あり)。この一連の事件で藤原北家から式家へ政権移動したので式家一派の陰謀だと考えるのが妥当か。
3、他戸親王(おさべしんのう)
井上内親王の御子、藤原の陰謀で母と共に流罪不審死
4、藤原吉子(ふじわらのよしこ)
桓武天皇の側室、藤原南家藤原是公(これきみ)の娘で伊予親王の母。
藤原宗成(北家)の陰謀で謀反の嫌疑をかけられて伊予親王とともに川原寺に幽閉、飲食を絶たれるも餓死ではなく自害。下御霊神社では伊予親王も祭神とされている。
5、橘逸勢(たちばなのはやなり)
橘奈良麻呂の孫。謀反の疑いで捕縛、杖で何度も打たれる拷問(死ぬ人が多かった酷い拷問)を受けながらも無罪を主張した、が、仁明天皇が謀反人であるとの詔勅をだし、非人逸勢と改名の上、伊豆へ流罪となるものの護送途中で死亡。
6、文室宮田麻呂(ふんやのみやたまろ)
部下の陽侯氏雄の告発で謀反罪となる。伊豆流罪、一族郎党バラバラの地へ流罪。陽侯氏雄はこの”功績”でプロモート。
 ここまでの6柱が元々の祀り神だと言われている、後期2柱は
7、火雷神(からいしん、以上六柱の荒魂)
上記六所御霊の荒魂と書かれているものが多いが、そのまま直裁に火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)でも、菅原道真でも強力な怨霊なのでこちらに並んで遜色ないかと思う。
8、吉備大臣(きびのおとと)
吉備真備と言われているが、私が個人的に思うのはもともとは吉備内親王ではなかろうかと、そこに橘逸勢とごっちゃになって真備とすり替わっていったんかと思う。吉備内親王(きびないしんのう)なら、長屋王妃で長屋王が左道疑惑で自刃に追い込まれた際に、3人の息子達と共に縊死。

実際ほんまに悪人、というか犯罪して罪を問われても祟りませんが、無実冤罪だと祟ります。というか、罪を着せた人が祟られることをおそれるので祟るということになるんですが。そういう点からこれだけ厳重に祀られているということは祀った側がどんだけおののいてたか、祀られた方がどんだけ酷い冤罪だったかということを想像してしまいます。
御霊については長くなりすぎるのでこれぐらいにして、今回は

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応仁の乱勃発地としての御霊神社にお参りしております。
現在は2600坪ほどですが、当時は5000坪以上あったそうです。
銀閣でちらりと触れましたが、管領家の畠山氏、斯波氏のお家騒動の後、文正の政変、そこで細川勝元が花の御所を占拠。義政から畠山義就追討令を出させようとするが、富子が事前に察知して山名宗全に情報漏洩し失敗する。情報戦を制した山名宗全も兵を多数集め、内裏と室町亭を囲んだ上で義政に畠山政長や細川勝元らの追放を願い出る。義政は決定をさけ、諸大名が一方に加担しないことを条件に畠山義就による畠山政長への攻撃許可を出す。これを受けて
文正2年(1467)1月18日(2月22日)、畠山政長は防衛機能のない自邸に火はなった後、兵を率いて上御霊神社に布陣。畠山義就軍と畠山政長軍が衝突し、この後11年続く大戦へとエキスパンドしていく。
やっぱり義政か、、。

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元禄3年12月に松尾芭蕉参詣
半日は 神を友にや 年忘れ
芭蕉(八重桜集)

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西軍の総大将山名宗全の墓は南禅寺
東軍総大将は細川勝元の墓は龍安寺
そうなんです、そこへもまた繋がっていくんですねぇ、今回の旅。
ということで、お参りしてすっきりしました。
色々おもっくるしい事も考えてはいますが、基本は食って飲んで見て楽しんでおります(あはは)
さて、時間が余ったので、ここ最近読んだ本のゆかりの地めぐりもちょっといっときたいし、アレも買いたいし〜。
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絶景かな、絶景かな〜

2017.05.24 09:00|away-soul
シリーズキヨトその10
鹿ケ谷を抜けまして

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瑞龍山太平興国南禅禅寺 
ご本尊:釈迦如来、ファウンダー:亀山法皇、開山:無関普門(大明国師)。
日本初の勅願禅寺、京都五山および鎌倉五山の上に君臨する別格扱い寺院で、日本の全ての禅寺の頂点。



歌舞伎の『楼門五三桐』で石川五右衛門が「ぜっけぇいかなぁ、ぁぜっけいぃぃかぁなぁあっ!」と見得を切るのがこちらの南禅寺三門。とはいえ実際は石川五右衛門の死後に普請されているのでこちらに五右衛門がのぼったわけではないし、22メートルとはいえ、高さでいうと東寺の五重塔なんかは55メートルで、今ほども木々は背がたかくなかったとはいえそこまで絶景でも、、、、(暴言)、いや桜や紅葉の時期は絶景ですがどこもかしこも絶景なのでその絶景の中で差をつけて有名になるためにはやはり宣伝。今と同じくメディアや芸術媒体、歌舞伎やお能、映画テレビやアニメ漫画などの舞台になるとブレイクしますな。しかも有名人を起用し、キャッチーでジングルなフレーズのコピーをつけ、ナウなヤングにばかうけするのがツボでしょう。今も江戸時代からなーんにも変わらんがな(笑)。
五間三戸の二重門で鎮魂の門。

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南禅寺も応仁の乱でほぼすべての伽藍を焼失。復興は江戸にはいって家康の懐刀の一人黒衣の宰相以心崇伝が入山してから。やはり資金獲得とインフラ整備は政治家をださんとあかんな。
ちなみにここでも足利の横槍ヒストリーがあって、建武元年(1334)に後醍醐天皇が南禅寺を五山の1位と決めたのに、至徳3年(1385)に足利義満が自分の相国寺を五山の1位にしたいからってことで、南禅寺を「別格」として五山のさらに上とかなんとかいって除外し、さらに京都五山と鎌倉五山に分割することでなんやごにょごにょ、、てなことがありました。今でも自分とこが一位になりたいからと別グループをこしらえたり、別格とか別の役職をつけたりとか全く変わりない事が行われ続けてますねぇ。歴史あるお山の大将行動というか、無駄にコンペディティブというか、。なんかもう、そういう所謂出世欲とか名誉欲とか上に立ちたい欲がモリモリな人て大変やねぇ。ま、そうやって妙にハイエラルキーをつけるもんやから、後の祭りだぴぃひゃららで、旧勢力延暦寺や三井寺と対立して政治問題に発展するということで。
そんなドスグロい部分は置いといて、南禅寺もまた非常にすばらしい美あふれる建築物です。

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南禅寺だけで丸一日すごしても足りないぐらいですが、今回のコンセプトとしてはハズレるのでサクッと流します。ていうか、豆腐食べに来ただけやーんとは言えない(ぶっ)。
小堀遠州作と言われている方丈庭園「虎の子渡しの庭」、「鶴亀の庭」は必見。
そして最近の若い人には明治維新後に建設された琵琶湖疏水水路閣が人気。
あ、そうそう、南禅寺といえば

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南禅寺開山ストーリーといえば、妖怪
京都といえば妖怪魑魅魍魎鬼のメッカではあるんですが、
亀山上皇が離宮禅林寺殿で落飾(出家)され法皇(諱:金剛眼)となられた2年後、正応4年(1291)、禅林寺殿を寺にあらため、龍安山禅林禅寺と名づけた。で、そこらへんから妖怪変化が吹き出だして難儀な事になっていたらしい。
伝承によれば、この頃禅林寺殿に夜な夜な妖怪変化が出没して亀山法皇やお付きの官人たちを悩ませたが、無関普門が弟子を引き連れて禅林寺殿に入山し、禅師として普通にルーチンに勤行/禅修行を開始すると妖怪はおらんようになったらしい。妖怪が居らんようになったので無関普門で開山ということになったらしい。
地図を見るとよくわかりますが、なんせ洛中と洛外の差がすごい。そりゃまぁわけのわからん大自然な恐怖もたくさんあったでしょうねぇ。とはいえ洛中にも怖いもんはぎょうさん跋扈してたみたいですが。鴨川を隔てた東、桂川を隔てた西はやっぱり異界か。京都洛外妖怪名所めぐりでは外せないポイントです(あはは)。

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大本山南禅寺全景
4万五千坪
春の値千金絶景かな、ですが、秋がそれ以上に素晴らしいです。

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かなーーり濃いエリアです。
どっちむいて何処に歩いてもおもろい。
ていうか、京都には濃くないエリアはないんですが(あはは)。

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牧護庵
杉村孝作わらべ地蔵さんが座っています。

IMG_2659.jpg

こうして京都で歩いていると、
いろんな事を思い出します。

IMG_2658_201705221715447bb.jpg

寄り道しましたが、
今回の旅のテーマ、スタート地点へ移動します!
シリーズキヨト、つづきます
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