心くまなき月をながめて

2017.05.23 09:00|関西
シリーズキヨトその9
こちらも同じく入場にお札が授与されます。



東山慈照寺、臨済宗相国寺派に移動してきました。
御本尊は釈迦如来、ファウンダーは足利義政、延徳2年(1490)。
相国寺の境外塔頭で、テストに必ず出る(笑)室町時代後期の東山文化を代表する素晴らしい建築物と庭園です。
昨日書いた金閣の開基は三代将軍義満、義満の5男義教(六代将軍)の息子で七代将軍義勝の異母弟がこちらの開基、八代将軍義政。義政は天才ではあるんですが、残念な事に政治か武士としての天才ではなかった。政治はそっちのけで趣味の道に走り倒し、先の大戦応仁の乱が起きる原因はこの義政のキャプテンシーのなさとタイトル/地位役職上リクワイアされる仕事をしなかったこと、及び能力がなかったことが大原因。文化人としては天才、日本史上軽くベスト5に入るほどのセンスの良さとクオリティの審美眼を持っていたとおもいます。
日本史上極悪な不適所不適材。

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観音堂、銀閣
というわけで、シリーズキヨトの主テーマ応仁の乱についてさっくりと主観的にまとめると。まず義政の正室側室がいがみ合いが野放し、富子側が今参局一派を隠岐の島に流罪(1459)後宮パワーバランスがぐだぐだ、さらに歴史的によくある最悪パターンで側近も女方についていがみ合う。時を同じくして天変地異、大規模旱魃、享徳の乱、台風で飢饉発生、さらに水害と旱魃が交互に起こり、虫害、疫病も発生し、長禄・寛正の飢饉(1459〜61)寛正2年1461年の最初の2ヶ月で京都で推定8万2千人死亡、賀茂川の流れが餓死者の死骸で堰止まったと言われている。その中で、政治トップの征夷大将軍が自宅や庭園の造営と猿楽やパーティに耽溺、さらに災害ではなく花の御所改築に予算や人員投入、当時の第102代後花園天皇の勧告を無視してまで、災害飢饉に対処しなかったことは有名。
寛正5年(1464)富子に子ができなかったので、実弟の義尋を時期将軍にする為に無理くりに還俗(足利義視)させる。
寛正6年(1465年)に富子、男児(後の義尚)出産。

 ま、、もめるわな

見事にティピカルに揉めパターンですわ。

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かつてライバルを追い落とす為に濡れ衣を着せて(ほんまに呪詛したかもしれんが)遠流にしたような正室富子、すでに次期が決まっててももちろん横槍ですわ。義尚を次期にするために山名宗全と手を組む。もちろん義視も負けてないです、細川勝元と結託。
そこで義政(あ、居ったの忘れてたってぐらい政治の役に立たない男)、文化系趣味に耽溺したまま、ふにゃふにゃとどっちつかず、なにも決めない決められない決めたくない(諸説あるが、単なるうつ病体質的逃避型かと)
で、
寛正6年(1465)武衛騒動(管領家の畠山氏、斯波氏のお家騒動)
文正元年(後土御門天皇即位1466)文正の政変(伊勢貞親、季瓊真蘂ら追放され)
義政を甘やかしつづける腐敗側近が追放、義政はさらにやる気を失い。大名たちは野放しへ。

そして、
応仁元年(1467年)ひとよむなしい、応仁の乱へと突入

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樹齢500年の千代の槇
てなわけで、室町幕府管領家の畠山氏、斯波氏のお家騒動から、細川勝元と山名宗全の勢力争いに発展し、義政の次期継嗣争いやらなんやらかんやらなんかもうわけわからんほどの揉め事が加わって、ほぼ全国に争いが拡大
主要な戦場となった京都全域が壊滅的な被害を受けて荒廃。この時失われた文化遺産はものすごい量やろねぇ、、。
ともかく、そんな大戦のトリガーになった義政
大戦では花の御所を焼失したので、戦後、東山山荘の建築に本腰を入れる。が、戦後すぐでヒューマンリソースもお金もない(復興費用はガン無視な義政)。諸大名から費用の毟り取ろうとするが、もちろん無理。公家領・寺社領から費用をむしり取る。
美意識だけをプライオリティに立地や姿などを具現化させていったんでしょうねぇ。まず、東山にあった某寺の墓地を無理やり召し上げて勝手に建築スタート(一説によると戦後のどさくさに紛れて正式な許可なく造営開始したとか)。さらに応仁の乱や飢饉などのための災害復興費を横領し銀閣関連施設の造営費に投入。自分の目に叶うランドスケープマテリアルを徴収、たとえば鹿苑寺の庭石、仙洞御所の庭石、東寺の蓮、等持院の松など、もともと選りすぐって造営された庭や施設からさらに選りすぐったいい材料をかっぱらって、、

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義満が憧れた祖父義満の金閣をモデルに、
美のすべてを投入して造営された銀閣
この美しさは数十万の死の上に君臨している。
美しくなくてどうするよ。

IMG_2691.jpg

東求堂(とうぐどう)
観音堂(銀閣)とこちらの東求堂が国宝。
銀閣は東求堂から眺めるのが一番いい姿になるように計算されているらしい
東求堂から銀閣の方を見ると
こんな感じ

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右手に見えるのが本堂(方丈)で、目の前にナナメのシマシマに形成されているのが銀沙灘(ぎんしゃだん)。このナナメをみていると幻惑される、ていうかフィジカルにちょっと三半規管がグルグルして嘔吐感が。ぐぼっとなりながらも、この向月台の真上に満月がぽっかりと浮かぶ様子を想像してみる。月明かりに光る銀紗の波のうねり、、。2010年宇宙の旅も真っ青なSF的美しさというか、チチェン・イッツァのような信仰的な美しさというか。

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向月台(こうげつだい)
非常に美しいが、夜に一人でこんな美しい目眩がおきるような庭にいたら、月なだけにほんもののルナティック(Lunatic)になりそうです。紙一重の危うさもまた美の要素なんでしょうかねぇ。

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庭園はもちろん王道、錦鏡池(きんきょうち)を中心に据えた池泉回遊式。西芳寺の庭園を模して造ったと伝わっているが、現在のこの状態は江戸期にメジャーチェンジしているのでかなり違う庭になっていると思われる。
超絶趣味人が人道を無視して作ったのがこの銀閣
はっきりいって仏道には程遠い、芸道というか、数奇道集大成

”くやしくぞ過ぎしうき世を今日ぞ思ふ心くまなき 月をながめて”
存外後悔しているのは月の美しさにはまだ程遠いと感じる自分の造営した庭の出来なのかもしれんねぇ。自分が原因になっといて、大戦がなかったらもっといいものが作れたのに、もっと資金や人員を(庭や建物に)投入できたのに、、と、美しい月を眺めながらこっそり正直なところを歌っているのかもしれない。

金閣は人を狂わせるかもしれないが、銀閣ははなっから狂っているのだった。
狂ってなければ具現化できないの美の極み。
てなことを考えながら、

IMG_2672.jpg

鹿ケ谷(ししがたに)を歩く
応仁の乱よりも290年も前、清盛が政権を獲るきっかけとなっていく鹿ケ谷の陰謀の鹿ケ谷。鹿とかいて”しし”と読むんですが、そういえば昔、あるブロガーさんとオフで会っていたとき、鹿威し(添水)を見たその人が「しかおどし、しかおどし」と言って騒ぎだしたので、「それは”ししおどし”って読むんやで」と止めたんでですわ、そしたら、その方のブログ記事で私が「獅子おどし」と偉そうに教えたようなことを5倍サイズフォントで書かれてしまいまして、非常に恥ずかしい思いをした、というような事がありました。それ以来、オフ時で誰がどんな間違いを言うても、訂正しないぞと心に誓ったと、。そうだ、それで誓ったんやったなぁ、、と思い出しました(忘れてたんかいっ)。訂正もアレやけど、「そうやね」とか適当に相槌を打っていたら、あとで私が先導して言うてたような事になってたりするんで、それも実際すこぶる難儀な事で。ま、長い事ブログをやっていると色々人生勉強にもなってきたなぁ、、と、。鹿ケ谷を歩きながらつらつらと考えたわけです。
で、鹿ケ谷を抜けると南禅寺なんですが、途中でものすごーく魅力的な喫茶店が目についた。

IMG_2668.jpg

喫茶はく
ちょっとコーヒーブレイクのつもりが

IMG_2666.jpg

ハムサンド うまーーーー

カラシの入り具合が絶妙。
って、あかんやーーーん。
なんというか、熊野の山で修行してやっと煩悩に打ち勝ったと思いきや、那智の滝でチュドーーーーンというのと同じような煩悩っぷりですわ。さっぱりわややな。
ということで、シリーズキヨトつづきます。
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Comment

No title

銀閣にそんな歴史が・・・
京都に居ながら歴史に弱いオヤジです
その辺りの地理には強いのですがね  (笑

No title

やはり「銀」でしたか~♪

小さい頃は
「金閣寺のほうはあんなに金ぴかで豪華なのに
銀閣寺はなんであんなに地味なの!!」
と納得いってなかったのですが
今になると銀閣寺の渋さにメロメロです(笑)。
しかし、建設の歴史を見ると・・・うむむ・・ですね。

あ!また炭水化物食べてるー(笑)。

No title

日本史上極悪な不適材不適所、ウケました。
相変わらず、博識ですなぁ。
コーヒーにハムサンド、素晴らしい組み合わせ!

ロンゲのオヤジさん

コメントありがとうございます
銀閣は濃いですよ〜〜〜。京都の歴史は濃すぎてほじくってられませんもん(笑)
私も好きなところとかなんかのついででないとほじくりかえしませんし(あははははは)
実はこの近所に友人宅があったので若い頃しょっちゅう泊まりにきてました。なのでよけい詳しいんですわ(あははは、たねあかし)。結構道知って顔であるいていましたが、微妙なマイナーチェンジ的にお店ができていたりして、それと外国人観光客の多さでかなり雰囲気が違うように感じましたわ。

リクさん

コメントありがとうございます
やっぱり同時期に見たいですよねぇ、金銀♪
ほんと私も子供のころはなぜ金閣よりも銀閣のほうが評価が高いのかいまひとつ理解できていませんでした。もちろん金閣はいわゆるレプリカ状態の新品に近いものであることも原因なんでしょうが。子供のころから金閣ってなんか見ているとしんどくなったんですわ、、。眩しすぎるから目が疲れる?(あははは)。銀閣についてはもっともっとおもろいポイントや歴史があるんですわ。京都はこんなところでちゃらっと書き切れるもんではないですよね〜〜。ディープです〜〜。
カーボハイドレイダーと呼んでください(ぎゃはははは)。ほんと美味しかったです、悔いなしっ。

無楽斎さん

コメントありがとうございます
ウケて嬉しいです。こじれるところに原因ありですねぇ。
知っているところしか書かないので博識風にみえるだけだとおもいます。世の中の99%は知らない分野ですわ。特に実生活に関することはからっきしの義政タイプです。なので同類嫌悪があるのかも(あはははは)。
久しぶりに典型的な喫茶店のハムサンドと純喫茶のコーヒーを飲みました♪我ながらナイスチョイスだと思いました、美味しかったです。
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