頼朝の墓を経て

2016.10.22 09:00|鎌倉
神奈川宿紀行第十二話
鎌倉うろうろしております、リスト
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鶴岡八幡宮で参拝した後、
お昼をよばれまして、午後からお参りをつづけます。
私の気分がどうもしんみり悲しくなってくるのと同時にお天気もどよどよと曇ってまいりました。
しかも、激烈に暑い、、。
鶴岡八幡宮、国宝館の横から東へ出て、鎌倉幕府(大蔵御所)方向へ向かって歩きます。

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”源頼朝公之墓・荏柄天神社を経て 大塔宮鎌倉宮”という看板の裏に石碑が見えていますが、これが大蔵幕府跡だというのが書かれた石碑です。現在は小学校が建っている。もちろんここが鎌倉の政治の中心だったのは源氏の3将軍の時期だけ、頼朝、頼家、実朝。実朝以後は京の摂家から幼い飾り物の将軍を迎えて実際の政治は北条氏本家(得宗家)が握ったんで場所も移動してます。この源頼朝、頼家、実朝の3人とも暗殺されているというのがこれまた悲しい。頼朝については以前書きましたんで割愛、頼家は『愚管抄』によると入浴中に”頸に、ををつけ、ふぐりをとりなどして殺してけり”と書かれている。風呂中=素っ裸で”頸”(首/neck)に”を”(紐/ヒモ)を巻かれて締められながら”ふぐり”(睾丸/金◯マ)を潰されて(握り潰されたと思われる)、更に刺して殺されている。武士ではなくアサシンに殺された感じよね、ハリウッド映画のスパイもんみたいで武士として最悪な殺され方。確かに頼家というとバカ将軍で有名ですが、さすがにソレは酷いで。そして実朝は昨日書いたように鶴岡八幡宮の大銀杏の陰/階段下に隠れていた公暁(頼家の息子で実朝の甥)に殺されて、首だけもってかれたので現在も胴体と首の墓が別所、しかも厳密に本当に墓の場所は分っていないです。が、一応和歌山の由良にある興国寺が実朝の菩提を弔う為に創建されていて御骨が納められています。そして鎌倉にもどって、公暁も実朝を殺した後に殺されている。尚、公暁については墓は存在しない(現在墓など関する文献も出て来ていない)。

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左には白旗神社
鶴岡八幡宮境内でも拝見しましたが、源頼朝を主祭神とする神社で社によっては源義家・源義経などの源氏の武将、源氏の氏神である八幡神を主祭神とされている社もあります。が、関西ではまったく見ない神社でして、私にはとっても珍しいです。思うけど、源氏も鎌倉幕府を鎌倉に置いたっちゅうのが無理よねぇ、ifやけど京に置いておけばどうなってたやろう。この後の室町を考えるとねぇ、まだ武家の力が弱かったので京から政治を離すのはプリマチュアやったんやねぇ。御成敗式目など画期的な法律をつくり、問注所設置などなかなかナイスな政策も多い。

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道路からまっすぐにのびる階段。鶴岡八幡宮もそうだが、参道がまっすぐなところに鎌倉らしさを感じる。切通しのくねくね感からするとその反動のようなまっすぐさ。
この階段の上に頼朝の墓がある

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鎌倉幕府ファウンダー征夷大将軍 源頼朝の墓
このタイトルにしてはかなり質素で、物悲しくなります。
もともとは勝長寿院という鎌倉時代では鶴岡八幡宮と永福寺にならんで三本の指に数えられるほどの隆盛を誇ったお寺さんにあったそうですが、勝長寿院も永福寺も室町時代に荒廃、焼失後廃絶してしまっています。現在は野原。
正岡子規が伊豆の修善寺を訪れた時に、
此の里に悲しきものの二つあり
 範頼の墓と頼家の墓と
詠いましたが、こちら鎌倉の頼朝の墓もかなり辛いです。今回拝見できませんでしたが実朝の墓も同じく。
 鎌倉に哀しきものの二つあり
  頼朝の墓と実朝の墓と
てな感じでしょうか、、、ただ膝をついて胸が詰まるにまかせるだけです。
芭蕉が平泉で三代の栄華を感じたという下りは有名ですが、奥州藤原三代の栄耀に比べて鎌倉源氏三代の悲しさったら無いですねぇ。もう栄えたのか栄えてる風なだけだったのか分らんような状態、酷いですもん。

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なんとなくうら侘しい気分でとぼとぼと荏柄天神社へ
小降りだった雨がかなり本格的にふってきそうな気配、、

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荏柄天神社
天神様(菅原道真)をお柱とする都市鎌倉の鬼門の守護として源頼朝が設置した。荏柄(土地名由来)の天神さんの神社で荏柄天神社。
鳥居と重なるようにしてイブキの木が2メートル超上空で交差していて、イブキトンネルができています。神域感もりあがるなぁ、、とカメラを構えると間髪入れず、後からやってきて車がくぐって行くのにちょっとギョっとした(あはは)。私も撮った後、車の後について、徒歩で鳥居をくぐります。

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なるほど、参道の両サイドに普通に民家が建っていて参道を通路として使てるんですねぇ、ここに住む人はイブキのトンネルよりも大きい車には乗れないという、、神域縛りがあるわけか(あはは)。
かしましい楽しげな声につられて、後を振り返ってみると、
ちょうど中学生らしき学童の6人ばっかりのグループが通りがかりまして、ふと、その子達が立ち止まり鳥居の外から拝殿に向かって一礼。とっても自然でこの前の道を通学に使っている学生さんたちは毎朝夕天神さんにぺこりとおじぎしていくんでしょう。感動しました、日本の魂の未来はまだまだ大丈夫!そしてさすが道真さん、学生の信仰厚いです。がんばれ学生さんたちよ。

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イチョウの木に銀杏の実がたわわになっていてぽとぽとと落ちてくる。
こちらのギンナンは神事に使われて、神さまから授与されるものらしいので勝手にとって持って帰ってはいけませんてな主旨の張り紙が見えました。が、ギンナンは美味しいがまだ実のついているタネになってないギンナンは臭くてねぇ、かなり欲しく無いです。そして、ギンナンが成熟している時期にもかかわらず、
なぜこんなに暑いのか、、(この日32度でした)しかも雨、湿度100%

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絵筆塚
フクちゃんの横山隆一さんらが建立した、154人の漫画家が描いた河童のレリーフで飾られていて、あの有名な黄桜のカッパ作者の清水崑さんの絵筆が納められているそうだ。
カッパパ〜〜ルッパッパ〜〜。←ゆーちゅーぶにあった♪懐かし〜。
菅原道真さんというと河童、901年に道真さんが暗殺されそうになった時に助けたのが河童(ひょうすべ)、そしてその河童大将がその時の戦闘で落とされた手のミイラが福岡県の北野天満宮に納められていたりもするし、河童に助けられ、河童を助けて河童(ひょうすべ)一族とみなされている菅原道真公。多分、河童の川太郎は河原に住む人だったんでしょうねぇ。
余談ですが和歌山では河童はゴウライさんとかガイラボシさんとか川太郎(カワタロ、ガワタロ、ガタロ)も言うかな、とにかく水の中にいるいたずら系のさして害のない妖怪で、そのゴウライさんが寒くなると上陸して山に入って、カシャンボ(ケシャンボ/ケシャボとも発音する)になります。河童系統っぽいんですが、厳密にいうと河童くさくないような、、違うモンみたいなニュアンスも感じます。いっしょにせんといてーって感じ(笑)。河童については長くなるのでこの辺でお開きにして、、ともかく道真さんにご挨拶してたっぷりお祈りしまして、
ガッパな気分で参道を戻ると、
また別の女学生が立ち止まってぺこりと頭をさげていくのが見えた。
すばらしい。

さて、とうとう鎌倉宮は目前です
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Comment

No title

惨い殺され方だったんですね
本当なのかな?
フクちゃん、懐かしいです

No title

昔は見せしめ?のためか
結構なむごたらしい殺され方をされたんですかね・・・。

昔は政治の舞台が京都やら鎌倉やら江戸やらいろいろ移り変わってましたが
どうやって全国民に伝達してたんだろうなぁ?って不思議に思います。
今みたいに全国ネットでテレビ放送があったわけでなし
「はい、今日で鎌倉は終了~♪明日からは京都です。みなさんよろしく」
って訳にはいきませんもんね。
例えば、陳情書?みたいなのをもって和歌山から鎌倉に向かってる間に
政治の舞台が京都に変わっちゃってて
鎌倉に着いたものの無駄だったなんてこともあるのかなぁ?とか
想像したりして(笑)。

ロンゲのオヤジさん

コメントありがとうございます
もっと酷かったかもしれませんし、、
この辺の時代の文献は読めば読む程凄惨ですわ。
フクちゃん、懐かしいですよね〜♪

リクさん

コメントありがとうございます
この時代はまだ武士としての死に方に様式があったわけでもないですが、でもこの身分の人なら暗殺じみていてもある程度正式に着衣して腹の1つも切らせてもらったと思うんですが、、特にこの頼朝頼家実朝3人の殺され方は酷いですよねぇ。歴史の表に出て来ないところで地元の民に酷い事をしていたんかと思わずにはおれません。
情報伝達については語りだすとめちゃめちゃ長くなってしまうので、また別の機会に〜(もう出かけないといけないんで、笑)。特に戦の最中では情報は大切ですし、おっしゃるとおりそういう行き違い系の伝達がよくことがあったのはあちこち文献も実在します。実はつい最近まで情報って今のようなんではなかったですから。最近やった戦争レベルでも鳩とかつこてましたからねぇ。
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