旅のたのしみ

2017.05.31 09:00|関西
シリーズキヨトその14最終回
祭りの後というか、後の祭りというか、、
旅の恥(熱量)はかき捨て、とも言います。

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なぜ肉屋のコロッケは別腹なのか
てなことを考えながら、東寺からぶらぶらと京都駅へ
JRの京都駅は建物自体が美しいしオシャレではあるが、中央コンコースのほうはなんか無駄に歩く距離がうざい(笑)しかも人も爆裂に多くて混んでるというイメージがあって回避、八条口にハマる。
八条口は長距離バスのターミナルとなっていて、

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和歌山行きバスも出てた。
これにのって帰りたい。しかしまぁ、あんだけがんばっている上野に子ができず、現在もメスの展示を中止して安静にさせているみたいですが。大らかな白浜ではボコボコと子が育っている。この差はなんなのか。不思議なもんです。
今回の京でなにが一番心に残った食い物かというと

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竃炊きたてご飯 土井
そう、土井志ば漬本舗がプロデュースした飯屋だそうだ。

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漬物バッフェ食べ放題
もちろんのしば漬けにすぐきにカブにキュウリの浅漬け、牛蒡に白菜になんやかやと12種類ぐらいあった。こんにゃくのたいたんと魚っぽい系おまわりもあったねぇ。もちろん土井志ば漬本舗が併設されているので、気に入ったのんがあったらお土産にできます。
御膳を頼むとバッフェが付いてきます。別途酒も注文できるので非常に嬉しい。
ガタに帰ってから知ったんですが、最近こういう京漬物バイキングがついた定食屋というのが京で流行らしいです。しらんかったわ。知らんかったけど食えたのが自分の嗅覚の素晴らしさか!と妙に誇らしい(正しくあほの子である)
初見初食です。

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甘きつねと九条葱の卵とじ膳にしました。
関西人(私も含む)が「葱」というとこの九条葱のことです。ガタのネギは白くて太い東京ネギで薬味もこのごっついネギ。九条葱はもともと浪花で自生していたのが伏見稲荷が創建されたころ(まだ平城京のころ)九条に移入されて生産されるようになったらしい。昔、お大師さん(空海)が東寺の近所で大ヘビに追いかけられたとき、ネギ(九条葱)畑に隠れて難を逃れたという事があって、東寺の五重塔の上には葱坊主がつけられていたとか、、。ほんまかどうかしらんが、ギボシの事ちゃうん?とも思わんでもない(あははは)。ともかく、シンプルで精進でお大師さんを思いながら、、

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漬物、めちゃめちゃ美味い〜〜〜泣ける〜〜
というて、白飯3杯お代わりしてしまいました。あかんやん。
もちろん般若湯ものんで漬物も爆裂に食いました。
我が食生に悔いなし。

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ハマムラも
めちゃめちゃ懐かしい。
なんやかんやといろいろ食いましたが、基本やっぱり味付けが口にあうんよねぇ。ハズレなしです。

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土産はやっぱりベタに八つ橋にしようと決めてたんですが、
八つ橋というとやっぱり聖護院西尾、どちらも元禄二年(1689)創業で京都で一番古い八つ橋屋。はっきり行ってどちらもあまりかわりない(私比)ので(申し訳ないがグルメでない私)、一番便利のいい場所で便利良いタイミングにある店で買う。ちゅうことで、今回は

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西尾の八つ橋、抹茶バージョン
普通のニッキにしようかめっちゃ悩んだけど、抹茶に。抹茶の味がええ塩梅で大変美味しかったです。
八つ橋というと最近は生八ツ橋のアンコのはいったのんのほうが流行ってしまっていますが、私はこちらの普通の八つ橋が好きです。生八ツ橋(具なしの柔らかシートのようなもん)もそれなりに好きです。
そんなんで、なんだかんだと楽しくうだうだと京ですごしまして、そのまま直帰します。
京都駅からバスで伊丹へ、ちょっと余裕を持って1時間半前には伊丹に到着するリムジンバスのチケットを購入。

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京阪ホテルの前にわんさかと団体客が集合していた。
今からどこへいくんやろか?と考えながらカメラを向けると、ピンクのサリーを着た老インド夫人がカメラの前にでてきた。ぼっつらと歩いていましたが、、
実はこの5分後、バスが出る10分前ぐらい、なんもすることがないのでバス停でボケーっと待って居いると、インド人家族が大騒ぎ。このピンクのサリーのおばあさん、息子夫婦、孫の5人。で、バスのおじさんとすったもんだしているので、見かねて助けに入った。バス出発の5分前。

もっと早よ来い!

と、言いながらも、まず、チケットを自販機で買わんとあかんのでお母ちゃんを連れて自販機でチケットを買わせる。と、いっても私もチケットの買い方がイマイチわかってないのでオタオタしたが(笑)。だいたいお金を入れてからボタンを押すのかボタンを押してからお金を入れるのか良くわからん。ともかく、無事チケット購入。そこで、インド人家族が乗ろうとしていたバスはもう一つ前の時間のバスだったことが判明、、その上に、ルートの高速道路で事故渋滞というニュースが入って急遽別ルートで伊丹に向かうために20分ぐらい遅延するとのこと。とりあえず、インド人に何時の便で出発するんか?と聞いてみると、30分前ぐらいには空港に着けそうな感じ。一応そんなことになってると伝えるとインド人真っ青。ともかく、めちゃちゃデカい荷物もたくさんあるので、空港に着いたらまずお母ちゃんが走って航空会社のデスクに行け!と伝える。

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万博公園が見えてきた。もちろんこの万博の頃すでに生きていた私です(ぶっ)
迂回した高速道路もめちゃ混んでまして、、、
そりゃまぁ、みなさんナビみて迂回してきてますんでそゆことですわな。

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こんにちは〜〜こんにちは〜〜〜
世界の〜〜国から〜〜〜〜♪
私はのんびりと鼻歌歌いながら太陽の塔を見ていましたが、前に座っていたピンクのサリーのおばあちゃん、気ぃうしないそうにドキドキしてました。孫がしきりになだめていました。
バスが伊丹に着いた途端、
お母さんがサンキューといって走っていきました。が、お父さんは結構ゆったりとカバンを受け取って、孫がおばあちゃんを支えながらゆっくりおいかけていきました。もう搭乗はじまってそうな時間だったが、間に合ったんやろかねぇ。よしんば人間は間に合っても外国の飛行機なら絶対に預け入れ荷物は一緒の飛行機にはのってない時間ですが、日本のエアラインはどうなんやろね。なんか間に合わせそうですが、さすがに無理やろ、とは思う。
いやほんま、外国旅行でもインド時間で行動するんやねぇ。
私はものすごーく余裕できっちゃ店で揚げ芋にコーヒーなんぞを腹に入れまして、

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セキュリティを通る前に551購入
豚まん豚まん豚まん豚まん!

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保冷剤と保温バッグのコンボで5時間ぐらいもつらしい。もちろん環境にもよるけど。
551のバッグに入れてもらう。これをランチバッグにするのだ。
ブランドもんやで(あははははは)。

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昔に比べて確かに小ぶりになったし、肉はすくなく、皮がごつくなったような気もするが、やっぱり豚まんの中で一番美味いですわ。豚まんオブザ豚まん、豚まんの王。地元の味やねぇ。

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無事にガタにタッチダウン
楽しかった、久しぶりの京都、やっぱり都はよろしおすな。
お世話になった皆様、ありがとうございました。
シリーズキヨトこれにてお開きです。長らくお付き合いありがとうございました。
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生麦大豆二升五合

2017.05.30 09:00|関西
シリーズキヨトその13
六波羅から清盛つながりでこちらへ

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三十三間堂
正式には蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)天台宗妙法院の境外仏堂。
ご本尊:千手観音(蓮華王)。
元は後白河上皇の離宮内で、1164年ごろ平清盛が後白河上皇の命により造営。
『法華経』などに観音菩薩が三十三変化して衆生を救うと書かれていることから、三十三間堂には本尊脇仏合わせて千一体が各三十三に化身するちゅうことで1001X33=33033、そう「三十三間堂の仏の数は三万三千三十三体」と言われるのはそゆことです。

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東面、南北にのびるお堂内陣の柱間が33あるので三十三間堂。
小学校の修学旅行で、1001体の千手観音像の中には、必ず自分に似た顔と、会いたい人に似た顔があるというようなことも聞いたんで、みんな必死で学友の顔とか自分の顔を探しましたねぇ(会いたい人というのはピンとこない和歌山の田舎のガキーズ)。現存する像のほとんどは、鎌倉時代に再建されたもの。1001体のうち建長元年(1249)の火災の際に救い出された三十三間堂創建時の平安時代の像(長寛仏)は124体、再建時(鎌倉時代)の像は876体、他に室町時代に追加された像が1体。玉眼は5体のみで、他は彫眼。とまぁ、メインは千手観音像達なんですが、私が繁くこちらに足を向ける理由は1001千手観音像ではなくて、その前にずらりと並ぶ二十八部衆像と風神雷神、これがもう頭の線がキレそうなぐらいすばらしい。この30体の像をすべて7センチぐらいのフィギアにして机の周りにずらーーりと並べたいねぇ。ほしいわー。

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夜泣腺
『古今著聞集』に「いつも冷たく美味しくて飲んでもお腹を痛めることのない”極楽井”でどんなに汲んでも尽きず、汲まない時も余ることのない不思議な泉だ。」と記されている。静かな夜に水の湧き出す音が人間のすすり泣きに聞こえることが名前の由来らしい。その流れでいつの頃からか赤子の夜泣封じに功徳があると言われている。すすり泣きが聞こえてくることには全くホラー感はないみたいです。あ、ホラーというと三十三間堂を清盛に造らせた後白河上皇はひどい頭痛持ちだったが、上皇が熊野詣で祈願するとお告げがあり、どうやら前世で熊野詣でから帰る途中行き倒れになったことがあり、その頭蓋骨を貫いて柳が生えて居るので柳が風に揺れるたびに現世で頭痛が発症するということらしかった(それはすごい)。で、上皇はお告げの通り和歌山の白浜を流れる富田川(とんだがわ)を調べさせたら、ちゃんと柳が目をうがっている髑髏が見つかった。三十三間堂の千手観音の中にその髑髏を納め、柳の木を梁に使ったところ、上皇の頭痛は治ったそうだ。後白河上皇というと熊野詣マニアで有名で34回歴代最高記録を保持していて、和歌山では有名人ですわ。このドクロエピソードの絵本とかも子どもの頃読みました。ちなみに熊野詣ランキングは2位後鳥羽上皇の(28回)3位鳥羽上皇(21回)です。
話を戻しまして、そんなドクロレジェンドもあるので「頭痛封じの寺」として有名になり、「頭痛山平癒寺」(あはははははは)とニックネームがつけられていたりするのだった。私も頭痛持ちなのでよくよく千手観音様にお願いしておく。
三十三間堂は他にも面白い話がてんこ盛りです。
がしかし、もう一箇所どうしても寄りたいので断腸の思いで移動。

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東寺
その昔、千本通が朱雀大路という名前で大内裏の南を守る朱雀門からビューンとまっすぐにとおっていました。でその南端に羅城門があって羅城門の東西を東寺と西寺が守護してたんですねぇ。現在は羅城門も西寺も跡ばかりですが、東寺は昔のままにバリバリ(死語)現役です。
真言宗全体の根本道場で総本山。金光明四天王教王護国寺秘密伝法院、または弥勒八幡山総持普賢院という二つの正式名称を持つ。ご本尊は薬師如来。嵯峨天皇が空海に下賜されてスタート、正式ファウンダーは桓武天皇。ちなみに和歌山の高野山も空海が嵯峨天皇から下賜されたもので、高野山真言宗総本山金剛峯寺。高野山真言宗の総本山ですわ。東寺は東寺真言宗、ややこしですよねぇ。
ともかく、なんせ都なので宝物がハンパないです。鼻血でますわ。
春の特別拝観で、東寺と後七日御修法、弘法大師空海の宝物。
宝物館、金堂、講堂、五重塔、観智院が大公開されておりました。

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東寺 五重塔
内部撮影禁止でお見せできないのが残念ですが、それはそれは極楽もかくやある、という風情でした。
んでもってやっぱり圧倒されたのが講堂の立体曼荼羅、やっぱり何遍みてもちびるほど感動します。すこーし堂内がくらいし立体で奥行きがあるので双眼鏡を持って行くのがおすすめ。もう、言葉はないですねぇ。
東寺←HPでちょっと見られます。
もー、仏像好きでなくても一度は絶対に見ておくべきでしょう。宗教とかそんな枷からすっかり外れてしまう、すばらしい芸術となっています。

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東寺の地主神さまをお祀りする八嶋殿(やしまでん)
西向き
鎮守八幡宮は南大門を入って左手
ちょっと境内を歩き、またお堂に戻ったりして、しつこく楽しむ。

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観智院 虚空蔵菩薩
うわっ、もっそくそ脳みそ歪んだ写真(あはははは)。
いろいろとてんこ盛りに考えましたが、もう、きりがないので割愛。
なんなんやろねぇ、3Dのスカルプチャーはものすごくキッパリと好み好まざるが自分の中にありまして、全く悩みません。仏像の好きなのはそのままトリップさしてくれる。
大大大満足、もちろんまだまだ拝見したいものはありまくりですが、なにせ物理的に無理ですし。足るを知りましょう(あははは)。

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善女大龍王
脳みそ3Dスカルプチャーが踊り狂いながらぐるぐるまわります。
こうして少し間をあけて京都に来ると存外得るものが多くて、同じものでも見方がまた違って面白いですし。
すっかりトリップハイの状態で、こうなると醍醐寺とか奈良の興福寺、高野山の神護寺も長いこと行ってないし、行きたくなるねぇ。

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ほんま、楽しかった。やっぱり都はええなぁ、、。
シリーズキヨト次回、最終回(ていうかオマケ)
私の心を鷲掴みにした食べもん特集
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幽霊子育飴

2017.05.29 09:00|関西
シリーズキヨトその12
飴買いがてら六波羅へ来ました。



京名物 幽霊子育飴
みなとや本舗さんです。
450年以上の歴史ある飴屋さんで、若き日の水木サンがこちらの飴を食べてゲゲゲの鬼太郎が誕生したのは有名。鬼太郎は墓場で生まれたという設定がまさにコレ。すんごいコトなのでスよ!ものすんごく有名なお店ではありますが、飴1種にお茶1つ2つしか取り扱いがないということもあってか、誰も客がおらん(滝汗)。ていうか、この飴屋で私は他の客にあったことがない。まさか、店主も私が墓場から赤子の飴を買いにきたとは思わんだろうけど(いひひ)

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優しいお味の綺麗なべっこう飴で、毎日ほちほちたべても全く飽きません。
子育幽霊は有名な話ですし、落語や絵本や日本昔ばなしでもやってたんでまず知らん人はおらんかと思うが、ストーリー的には埋葬された女性が(もちろん土葬)、墓の中で出産し、死体なのでもちろん母乳が出ないので幽霊となり夜な夜な飴を買いに行き、飴で約1週間赤子をサバイブさせた。女性が使ったお金が全部で6文(三途の川を渡るために一緒に埋葬されるお金)、この大筋で細部はバリエーションがあります。この子育飴の話は説法に使われてものすごく流布したのであちこちで別バージョンなんかもみられます。
自分への京のお土産にはこの子育飴やねぇ、満足満足。

して、なんで、この場所で子育飴か?というと
この飴屋さんのある辻がまさに

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六道之辻です。
清水寺の回でさっくり書きましたが、清水寺のあるあたりは平安京の死体捨て場/火葬地であった鳥辺野でこのあたりはまさに鳥辺野の入り口あたりになります。そんなんで、此岸と彼岸の境にあたるということで「六道の辻」と呼ばれています。しかも飴屋は六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)のブロックにありますんですわ。六道珍皇寺というと小野篁がこちらの井戸を通って冥界に通いながら閻魔様の冥官を勤めていたという由緒正しいトワイライトゾーン。しかも平清盛を荼毘に付したのもこのあたりだという伝承があるし、木曽義仲の首塚もあるし、日本史上最強の怨霊といわれる崇徳天皇をお祭りする安井のこんぴらさんもこの近所。
それはそうと、私が定点観察している自宅エリアの鳥屋野潟も初めて案内されたときには、その名前から昔は死体を棄てる場所だったのかと想像してしまいました。が、鳥屋野潟は今でこそドライですがつい最近まで完璧にウエットランドだったそうで、向き不向きでいうと不向きな場所。それに人が入植したのは最近(1500年代後半)なので単に鳥が多いところで鳥屋野か、もしくは入殖当時から“河川の氾濫”と“排水の悪さ”のために収穫が見込めない墓場のような場所だったのでトヤノとよばれたのか、とか色々妄想がつきません。私的には単純に鳥という字が入っていて気に入ってます。
話はズレズレになりましたが、六道之辻というと

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平清盛の邸宅があった場所で、清盛が六波羅殿とよばれるのはこの場所の所為。今でもうちの一族は場所名でよばれるんですが、ま、かわらんわな。鎌倉時代は六波羅探題があったところ。
京都に来ると、清水寺と並んでなぜかやたらと足を運んでしまう六波羅蜜寺
去年からやたらと清盛関係の小説を読んでいるのでさらに気分アゲアゲ〜〜〜。

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補陀洛山六波羅蜜寺
真言宗智山派でご本尊は十一面観音、ファウンダー:空也上人。
”波羅蜜”というと般若波羅蜜多心経(般若心経)の波羅蜜で、悟りの世界(彼岸の一つ)へ行くというのような意味あい。
西国三十三所第17番札所で、西国三十三所というと、那智山青岸渡寺から谷汲山華厳寺までの観音様の霊場を回るスタンプラリー巡礼行で、1、2、3が和歌山スタートということもあり小さいころからかなりファミリアです。昔のように徒歩で巡礼するわけでなく、一度に全部まわらんとあかんわけでなく、自家用車やバスなので実家から一番遠い谷汲山で3時間ちょい、自分で運転しなくても、日帰りや1泊で数カ所回る巡礼バスツアーなんかもたくさんあって人気アクティビティでした。最近は御朱印集めが流行っているそうで若い人の巡礼も多いみたいですね。うちのばあさんたちも帷子や掛け軸に御朱印をもらって集めて、死んだ時に棺桶に入れてもらったり、入れてあげたりするもんでした。もちろん掛け軸なんかは飾ってオッケーですし。前に若いガタの人に和歌山というと西国三十三所のスタート地点ですね、という話を振られて驚いた(若い妙齢のギャルだったので)のと、とても嬉しかったです。
話はまたもやズレズレ、六波羅蜜寺にもどします。

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踊り念仏で有名な市聖の空也上人が天暦5年(951)に建てた十一面観音を本尊とする道場がこちらの開山。空也上人は疫病の蔓延する都で御本尊を車に乗せて引きながら歩き、念仏を唱え、病人に茶(薬的なもの)をふるまって多くの人を救済したそうだ。清水寺や鳥辺野が荼毘に付したり死体をひきとってもらうところだと書きましたが、下々の人々、今で言うところの一般人いわゆる人でない層は道端にほったらかしか、もしくは鴨川の岸辺に捨てられ、風葬状態だったそうで色んな物語や絵巻物などにもその様子を伺うことができます。そして、その鴨川岸に僧侶僧600名を集めて大規模な大般若経供養会を行った空也上人です。

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宝物殿内部は撮影禁止ですのでこちらでご勘弁
小学生のころから空也上人像に異常に執着していますが、我ながら意味不明。空也上人自身に興味はそないにないんですが、こちらの空也上人像になぜか興奮するんですわ。小さいころに何遍も絵を書いたりしたりもしました。デビルズタワーかっ(笑)。鎌倉時代、康勝(運慶四男)作。お坊さんの像というとほとんどが坐像、たまーーに地蔵菩薩とごっちゃになったよな石仏はあるけどねぇ。この空也上人像のすごいところは踊り念仏中の空也上人をリアルに再現しているところ、そのまま歩き撞木をならして読経しそうな勢いですわ。口からは「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える度に阿弥陀仏が口から出現する様子が3D画像で見られるという視覚効果。なんというビジュアルかっ。
それと平清盛像とされている、入道の坐像。私の中ではどの平清盛がでてくる小説を読んでも脳内でこの坐像の清盛が再生されます。
狭い宝物殿ですが、平安鎌倉期のすばらしいスカルプチャーが揃っていて何時間でも過ごせます。もー、ただただため息のすばらしさ。が、しかし、ここで何時間も過ごしていられないので退出。

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六波羅蜜寺の手ぬぐい
今回ゲットしたのは下側のもの。上側のんは20ン年前に購入したもの。

重くとも 五つの罪は よもあらじ 六波羅堂へ 参る身なれば

五逆罪を犯した重い罪人でも、六波羅蜜寺に参れば罪は消えていく、というような御詠歌。まぁ、刑事責任が消えるというのではなく、仏教徒としての罪のこと。空也の教えはのちに法然や親鸞が唱えた全ての人、女性や罪人までもが阿弥陀に帰依するだけで救済されるというような形態の先駆的な考え。口称念仏の祖、なんまんだぶのパイオニアですな。
念仏ておもろい考え方だと常々思っていたが、この前善光寺の勤行を拝見してから、なんで爆発的に流行ったのかちぃと理解したような気がした。
てなことを考えながら移動していると、

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光線て!!!
スペシウム?

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もちろん鳥もやってます

2017.05.28 09:00|Birding
シリーズキヨトの途中ですが、
新発田です。



鳥を数えて彷徨っております(笑)

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オオルリがわいてました。
もー、駐車場ですでにオオルリ、コルリ、コマドリ、ツツドリ、ホオジロ、ヤブサメ、キビタキ、センダイムシクイ、エゾムシクイ、その他の鳴き声がわーーっと聞こえてきました。20種類ぐらい鳴いている〜うれしい悲鳴ぎゃー。
わくわくと小鳥を数えていると、高い松の上のほうに

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フクロウが見えた。
写真をクリックするとどこにいるか答えが出ます。

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ズームするとこんな感じ。
もじゃもじゃしいので、ちょっと移動して撮ったのが一番最初の写真。
やっぱりウラルはでかいわ。

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足元にはアリジゴクだらけ
いちいち気にして歩けないほどなので、アリジゴクを踏みながら歩く。

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たらの芽があちこちにどっさり出ていた。
植物の採取が禁止されている保護区なので生え放題、、
な、筈なんですがあちこちに密漁の痕跡がみられました(あはは
暑くなって来て、集中力がゼロに近づいていく、、

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アホガミルルリノケツ
背中からみるとほんとに青いです。

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ヤブサメがものすんごい数でした。
ぱっと見に10羽以上見えている状態。これは初めてでした、フライパンの上で豆を炒っているのを想像してしまいました(あははは)

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ビンズイの大団体も園路をわらわらと歩いていてかわいかったです。
虫もかなり増えてきたので、これから虫除けを忘れないようにしたいとおもいます。
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浮世絵と担々麺

2017.05.27 09:00|museums
シリーズキヨト途中ですが差し込み

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原安三郎コレクション 広重ビビット
終了してしまいました、、寂しい。
後期のほうが好みのんが多かったこともあってしつこく通いました(あはは)。

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コレクション展、常設ではないんですがこちらの館所蔵作品なので撮影可(フラッシュはダメ)
ピカソの踊り子とフクロウ、それに私(あはははは)。
この作品、色調は夜でダークなんですが、ものすごく楽しくなってきます。サバトにもみえてくるけど(笑)。このフクロウがまた味があるわな。
ガタ出身作家作品も展示されていて存外楽しめた。
6月から北大路魯山人の特別展です、めちゃ楽しみ。
で、新美の広重と並行して、

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ガタ県庁近くにある知足美術館でも保永堂版の広重東海道五拾三次展が開かれていましたんで、こちらも拝見。ビビッとのほうがいかにビビっとなのか分かります。でも、退色したり古色がついた版画も味があって悪くないと思います。

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ここもこじんまりとしていていい美術館です。

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入り口にヒスイ原石スライス
輪切りのヒスイ〜〜♪(矢切の渡しのメロディーで)

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展覧会場は撮影禁止、これは受付&グッズ販売
ボストン美術館所蔵版木の墨摺絵の展示もあり、勉強になりました。
さて、
リトルガルさんとガタランチシリーズ(シリーズ化した、笑)
今回は用事もないのにわざわざ私とランチするために出て来ていただきました(あはは)。
もちろん主たるターゲットは前回行ったケーキ屋さんの別のケーキ。私はバナナクリームパイを食べる予定。
が、しかし、時間は11時、、ケーキを食う前にちょっと胃のストレッチをば、、
と、くるくる寿司へ!
実は最近マツ子さんというタレントを知りまして、非常に人柄好ましく特に彼女がホストをしているマツ子の世界という番組が大変好きです。よく見逃しはしますが(あはは)、特に食べ物の時はがんばって忘れないように見ています。で、先日担々麺がピックアップされていて、全部は見られなかったんですが、ちょうどく●寿司の担々麺にカルビ寿司を入れて食べているのを見ました。
これはいけませんよ、食べないとおさまらない(あははは)

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担々麺 
ゴマがたっぷりはいっていてあまり辛くない♪
牛カルビ寿司もちゃんと同時に注文しました。
回ってくるお皿はカプセルに入っていて、説明を受けたんですが実際にどうしても取れず(ぎゃははは)取ろうとするとお寿司がカプセルの中でひっくり返るように思います。回っているお皿を見ていると、やはり目がチラチラして車酔いのような口のなか酸っぱい気分になります。ともかく、よせばいいのに動くものをみるとつい目で追ってしまう(アホです)。そして、回っているお皿を覚えてしまう(アホや、、)、そして、減ったり増えたりするのをカウントしてしまうという、我ながらどうしようもない(滝汗)。ベルトコンベアは2段になっていて、上段は下段の2倍速ぐらいで注文品が自動で各テーブルに届けられる。これが大変面白い。2つ隣の席の人が、エビの天ぷら巻き寿司を3回、エビの天ぷら握り寿司を2回とただのエビ天も含めエビの天ぷら関係ばっかり頼んでいるのとか、おもろい。

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牛カルビのお寿司を担々麺ののこり汁に投入して食べる。
これまた美味しい。美味しいが、レンゲがないので小さいデザートスプーンで食うことになり、ちまちまとメンドくさい。
エビ天寿司がなんども目の前を高速通過するので、ついエビ天寿司、ゲソ天寿司を頼んだ(笑)。揚げたてのサクサクでとても美味しかった♪最近ナマモノを避けていることもあって、とても嬉しかったです。最近のお寿司ってこんなんもあるんやねぇ。でもまぁ、私のような古い人間には寿司屋というよりもゲーセンに近いと感じます。変な機械音もとびかってたし(あははは)。
で、くるくるした後は少しだけ鳥屋野潟を歩いて、ケーキ屋へ

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カフェ青山
バナナクリームパイを食べようと決めていたにもかかわらず、今だけ限定という文字に目が眩む。

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私のチョイスはマンゴータルト
リトルガルさんチョイスはメロンタルト
どちらもなかにカスタードがはいっているのですが、違うカスタードなんですわ。
これがまた美味いっ。もちろん美味しいサイフォンコーヒーも付いてます。コーヒー付きの間にバナナクリームパイと、チョコレートケーキと、モンブランをもう一回食べたいです(あはは)。
たのしかった♪
リトルガルさん、次回は悩まないですぐに決めますので懲りずにつきあってくださいね〜〜(あはははは)。
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どんどんで葱葱する

2017.05.26 09:00|food
シリーズキヨト途中ですが、、飲もう(ぶっ)



Morgenrot
というと、こんなイメージです

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モルゲン口ー卜
”ちょっとお洒落な!!”ですわ、エクスクラメーションマーク2個ついてます。
アイリッシュビールばっかり飲んでいるわけではありません。
もちろんドイツのビールも好きです。
これまたうちの近所の商店街にあるお店で漫画アニメ専門学校の2階にあります。エントランス前のフロアには学生さんたちの作品やらプロジェクトプロップなんかも置かれていて、学校感ムンムンです。

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クリスマスなお飾りが多い店内
最近ドイツもクリスマスマーケットを観光資源にしようと輸出までしてアピールしてますんで、そゆことなのか。ともかく、今は初夏なのでナッツクラッカーをみると変な気がせんでもない。なんていうか、お盆に雛飾りが出してあるような、、。

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古町商店街が見える席に座る。

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店内、ビアホール的ではない。あの学食のような四角いナガーーいテーブルがずらーっとならんでいて全員相席というのはあんまし関東の大人社会的に受け入れられにくいみたい。ボックスで一人分だけキューブで区切られているのとかまでありますもんねぇ。

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一杯目 シュナウダーヴァイセ
二杯目 トゥーハードンケル

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さらに追加注文したパン盛り合わせと揚げイモはかろうじて撮りましたが、、
実は料理を撮り忘れました(チーーーン)
ちなみに最初に頼んで撮る前に食ってしまったのが、ザワークラウトとソーセージ盛り合わせとBratkartoffeln(ブラットカットフェルン)とプレッツェル。

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この店に入る前に、お祭りの露天でなんか売ってたなかに映画館用の販促物(スチル写真)が数枚あって、その中に松竹の寅さんのんがあったので1枚購入。

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ユーリゲ アルト
めちゃめちゃ美味しかった。この瓶、蓋もしっかりしていてなんか使えそうだったので持ち帰りしました(ちゃんとナイロン袋にいれてくれる)。ちなみに飲みきれなかっても半分持って帰るということができるのが蓋つき瓶ビールの利点やね。残らんかったけどね(ぎゃはは)。

てなわけで、楽しく夜が更けたんですが、
なんの祭りだったかとうと

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古町どんどん
年に2回ある商店街のお祭りでナショナルナイトアウトっぽい感じ。
今まで何度かポスターは見ていたんですが、今回初めてたまたま行き当たりました(笑)
雨降ってたというのがあって、野っ原に鳥を見に行けなかったのが理由やけどねぇ(あはは)
なにがびっくりしたかというと、

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ねぎ●こ
ノーキョー・ガタが展開する、ガタ名産ネギ「やわ肌ねぎ」PRキャンペーンのために14年ほどまえに結成されたらしい。実は私、映画を見にいくといつも映画館の4DXの宣伝でこのグループが出てきて「ねぎ●こネギネギーーー!」というので知っているといえば知っているグループでした。ガタに越して以来、一番目にしているアイドルだと言えるでしょう(4DXの宣伝のみだが)。調べてみるとかなり息の長い、人気のあるグループだそうで、他府県からもたくさんのファンが来ていたらしい。ファンの人たちが葱を模したライトセイバーみたいなやつをフリフリしながら、葱!葱!葱!葱!と、葱コールをしているのが大変印象深かった。これだけ大きな声を出してチャントするのは体にいいと思うねぇ、他のアイドルなんかのチアも同じようにウオウオとか名前を叫んだりするんだろうから、実際アイドル健康法とかになりそうな(何を考えとんねん)。まぁ、腹の底から大声を出すという点ではスポーツの応援でも読経やカラオケでもいい(カラオケって大声をだすんやろか?)。ともかく、たまには叫ぶときもちいいですわな。私はネギよりも肉がいいので肉と叫びたいです(焼肉屋で叫ぶんか?)。

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こちらはりゅーてすとという、古町本拠地のアイドルグループだそうだ。この4人は踊るし踊りながらしっかりと歌うし、よく訓練されたグループです。
さらに、
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純烈
元戦隊ヒーローと声優の人らしい。
昭和のムード歌謡のカバーを歌って、お笑いトークをしていました。葱と柳の若い女性アイドルグループのファン層とこれまた真逆でかなり昔若い女性だった女性がどっさりみっちり。ものすごい差でおもろかったです。私的には戦隊ショーのほうが見たいです。

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こういう現代的なお祭り、フェステバルちゅうのもたまにはおもろいね。
頑張れガタ!
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怨霊を慰める

2017.05.25 09:00|関西
シリーズキヨトその11
今回のメインエベント上御霊神社に到着

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御靈神社
下御霊神社もあるのでややこしからこちらは上御霊神社と呼ばれるが、正式には御靈神社。延暦3年(784)桓武天皇が長岡京に遷都、その長岡京造営最高責任者藤原種継が暗殺され、早良親王が首謀者に決めつけられた。早良親王は幽閉中無実を訴えハンガーストライキをするが、淡路へ流罪に決定、護送中に憤死。早良親王憤死後間も無く桓武天皇親近者が相次いで死去、天変地異も続き、早良親王の祟りが原因とみなされて、早良親王に崇道天皇の尊号を追贈、寺などを建立し鎮魂された。で、9年後の延暦13年(794)桓武天皇が平安京に遷都する際に京都の守護神として早良親王をお柱に祀ったのが御靈神社。その後、御柱が増え、863年(貞観5)悪疫退散の御霊会が勅命により開催されたので、創建は794と863の説があるが、祟り神、御霊信仰の元祖といわれているのがこちらの御靈神社。



ちょうど御霊祭前で贄がささげられていた。
御霊祭は明治までは旧暦8月18日に行われていたが、現在では新暦5月18日に行われている。魂を鎮め続けている洛中でもっとも古く重要なおまつり。

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お神輿もなかなかにズッシリとした霊気が、、
3基の神輿は後陽成天皇、後水尾天皇より御寄進、それと元貴船社より奉納
後陽成天皇は牛車も御寄進されている。他の鉄灯篭や太刀、鉾などのほとんどが天皇や院よりの御寄進。天皇家にとってよっぽど祟る方々なんでしょうねぇ。天皇家に祟っているというよりも天皇家に藤の蔓のようにからみついた藤原の血に祟ってそうな気がしますが。

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お神輿、牛車、鉾の行列がある。
お祀りされている祭神、祟神様たちをご紹介
本殿にお祀りされている八座
1、早良親王(さわらしんのう)
49代光仁天皇の皇子。詳細は上記済み。
2、井上内親王(いのえないしんのう)
第45代聖武天皇の第1皇女で光仁天皇の皇后。5歳から6年間伊勢神宮斎王を務める。光仁天皇を呪詛疑惑で廃皇后、他戸親王も廃皇太子となる。さらに、難波内親王呪殺嫌疑で、他戸親王と共に官位剥奪され奈良五条に幽閉、すぐに不審死(暗殺疑惑あり)。この一連の事件で藤原北家から式家へ政権移動したので式家一派の陰謀だと考えるのが妥当か。
3、他戸親王(おさべしんのう)
井上内親王の御子、藤原の陰謀で母と共に流罪不審死
4、藤原吉子(ふじわらのよしこ)
桓武天皇の側室、藤原南家藤原是公(これきみ)の娘で伊予親王の母。
藤原宗成(北家)の陰謀で謀反の嫌疑をかけられて伊予親王とともに川原寺に幽閉、飲食を絶たれるも餓死ではなく自害。下御霊神社では伊予親王も祭神とされている。
5、橘逸勢(たちばなのはやなり)
橘奈良麻呂の孫。謀反の疑いで捕縛、杖で何度も打たれる拷問(死ぬ人が多かった酷い拷問)を受けながらも無罪を主張した、が、仁明天皇が謀反人であるとの詔勅をだし、非人逸勢と改名の上、伊豆へ流罪となるものの護送途中で死亡。
6、文室宮田麻呂(ふんやのみやたまろ)
部下の陽侯氏雄の告発で謀反罪となる。伊豆流罪、一族郎党バラバラの地へ流罪。陽侯氏雄はこの”功績”でプロモート。
 ここまでの6柱が元々の祀り神だと言われている、後期2柱は
7、火雷神(からいしん、以上六柱の荒魂)
上記六所御霊の荒魂と書かれているものが多いが、そのまま直裁に火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)でも、菅原道真でも強力な怨霊なのでこちらに並んで遜色ないかと思う。
8、吉備大臣(きびのおとと)
吉備真備と言われているが、私が個人的に思うのはもともとは吉備内親王ではなかろうかと、そこに橘逸勢とごっちゃになって真備とすり替わっていったんかと思う。吉備内親王(きびないしんのう)なら、長屋王妃で長屋王が左道疑惑で自刃に追い込まれた際に、3人の息子達と共に縊死。

実際ほんまに悪人、というか犯罪して罪を問われても祟りませんが、無実冤罪だと祟ります。というか、罪を着せた人が祟られることをおそれるので祟るということになるんですが。そういう点からこれだけ厳重に祀られているということは祀った側がどんだけおののいてたか、祀られた方がどんだけ酷い冤罪だったかということを想像してしまいます。
御霊については長くなりすぎるのでこれぐらいにして、今回は

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応仁の乱勃発地としての御霊神社にお参りしております。
現在は2600坪ほどですが、当時は5000坪以上あったそうです。
銀閣でちらりと触れましたが、管領家の畠山氏、斯波氏のお家騒動の後、文正の政変、そこで細川勝元が花の御所を占拠。義政から畠山義就追討令を出させようとするが、富子が事前に察知して山名宗全に情報漏洩し失敗する。情報戦を制した山名宗全も兵を多数集め、内裏と室町亭を囲んだ上で義政に畠山政長や細川勝元らの追放を願い出る。義政は決定をさけ、諸大名が一方に加担しないことを条件に畠山義就による畠山政長への攻撃許可を出す。これを受けて
文正2年(1467)1月18日(2月22日)、畠山政長は防衛機能のない自邸に火はなった後、兵を率いて上御霊神社に布陣。畠山義就軍と畠山政長軍が衝突し、この後11年続く大戦へとエキスパンドしていく。
やっぱり義政か、、。

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元禄3年12月に松尾芭蕉参詣
半日は 神を友にや 年忘れ
芭蕉(八重桜集)

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西軍の総大将山名宗全の墓は南禅寺
東軍総大将は細川勝元の墓は龍安寺
そうなんです、そこへもまた繋がっていくんですねぇ、今回の旅。
ということで、お参りしてすっきりしました。
色々おもっくるしい事も考えてはいますが、基本は食って飲んで見て楽しんでおります(あはは)
さて、時間が余ったので、ここ最近読んだ本のゆかりの地めぐりもちょっといっときたいし、アレも買いたいし〜。
シリーズキヨト、まだつづいてしまうのです。
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絶景かな、絶景かな〜

2017.05.24 09:00|関西
シリーズキヨトその10
鹿ケ谷を抜けまして

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瑞龍山太平興国南禅禅寺 
ご本尊:釈迦如来、ファウンダー:亀山法皇、開山:無関普門(大明国師)。
日本初の勅願禅寺、京都五山および鎌倉五山の上に君臨する別格扱い寺院で、日本の全ての禅寺の頂点。



歌舞伎の『楼門五三桐』で石川五右衛門が「ぜっけぇいかなぁ、ぁぜっけいぃぃかぁなぁあっ!」と見得を切るのがこちらの南禅寺三門。とはいえ実際は石川五右衛門の死後に普請されているのでこちらに五右衛門がのぼったわけではないし、22メートルとはいえ、高さでいうと東寺の五重塔なんかは55メートルで、今ほども木々は背がたかくなかったとはいえそこまで絶景でも、、、、(暴言)、いや桜や紅葉の時期は絶景ですがどこもかしこも絶景なのでその絶景の中で差をつけて有名になるためにはやはり宣伝。今と同じくメディアや芸術媒体、歌舞伎やお能、映画テレビやアニメ漫画などの舞台になるとブレイクしますな。しかも有名人を起用し、キャッチーでジングルなフレーズのコピーをつけ、ナウなヤングにばかうけするのがツボでしょう。今も江戸時代からなーんにも変わらんがな(笑)。
五間三戸の二重門で鎮魂の門。

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南禅寺も応仁の乱でほぼすべての伽藍を焼失。復興は江戸にはいって家康の懐刀の一人黒衣の宰相以心崇伝が入山してから。やはり資金獲得とインフラ整備は政治家をださんとあかんな。
ちなみにここでも足利の横槍ヒストリーがあって、建武元年(1334)に後醍醐天皇が南禅寺を五山の1位と決めたのに、至徳3年(1385)に足利義満が自分の相国寺を五山の1位にしたいからってことで、南禅寺を「別格」として五山のさらに上とかなんとかいって除外し、さらに京都五山と鎌倉五山に分割することでなんやごにょごにょ、、てなことがありました。今でも自分とこが一位になりたいからと別グループをこしらえたり、別格とか別の役職をつけたりとか全く変わりない事が行われ続けてますねぇ。歴史あるお山の大将行動というか、無駄にコンペディティブというか、。なんかもう、そういう所謂出世欲とか名誉欲とか上に立ちたい欲がモリモリな人て大変やねぇ。ま、そうやって妙にハイエラルキーをつけるもんやから、後の祭りだぴぃひゃららで、旧勢力延暦寺や三井寺と対立して政治問題に発展するということで。
そんなドスグロい部分は置いといて、南禅寺もまた非常にすばらしい美あふれる建築物です。

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南禅寺だけで丸一日すごしても足りないぐらいですが、今回のコンセプトとしてはハズレるのでサクッと流します。ていうか、豆腐食べに来ただけやーんとは言えない(ぶっ)。
小堀遠州作と言われている方丈庭園「虎の子渡しの庭」、「鶴亀の庭」は必見。
そして最近の若い人には明治維新後に建設された琵琶湖疏水水路閣が人気。
あ、そうそう、南禅寺といえば

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南禅寺開山ストーリーといえば、妖怪
京都といえば妖怪魑魅魍魎鬼のメッカではあるんですが、
亀山上皇が離宮禅林寺殿で落飾(出家)され法皇(諱:金剛眼)となられた2年後、正応4年(1291)、禅林寺殿を寺にあらため、龍安山禅林禅寺と名づけた。で、そこらへんから妖怪変化が吹き出だして難儀な事になっていたらしい。
伝承によれば、この頃禅林寺殿に夜な夜な妖怪変化が出没して亀山法皇やお付きの官人たちを悩ませたが、無関普門が弟子を引き連れて禅林寺殿に入山し、禅師として普通にルーチンに勤行/禅修行を開始すると妖怪はおらんようになったらしい。妖怪が居らんようになったので無関普門で開山ということになったらしい。
地図を見るとよくわかりますが、なんせ洛中と洛外の差がすごい。そりゃまぁわけのわからん大自然な恐怖もたくさんあったでしょうねぇ。とはいえ洛中にも怖いもんはぎょうさん跋扈してたみたいですが。鴨川を隔てた東、桂川を隔てた西はやっぱり異界か。京都洛外妖怪名所めぐりでは外せないポイントです(あはは)。

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大本山南禅寺全景
4万五千坪
春の値千金絶景かな、ですが、秋がそれ以上に素晴らしいです。

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かなーーり濃いエリアです。
どっちむいて何処に歩いてもおもろい。
ていうか、京都には濃くないエリアはないんですが(あはは)。

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牧護庵
杉村孝作わらべ地蔵さんが座っています。

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こうして京都で歩いていると、
いろんな事を思い出します。

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寄り道しましたが、
今回の旅のテーマ、スタート地点へ移動します!
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心くまなき月をながめて

2017.05.23 09:00|関西
シリーズキヨトその9
こちらも同じく入場にお札が授与されます。



東山慈照寺、臨済宗相国寺派に移動してきました。
御本尊は釈迦如来、ファウンダーは足利義政、延徳2年(1490)。
相国寺の境外塔頭で、テストに必ず出る(笑)室町時代後期の東山文化を代表する素晴らしい建築物と庭園です。
昨日書いた金閣の開基は三代将軍義満、義満の5男義教(六代将軍)の息子で七代将軍義勝の異母弟がこちらの開基、八代将軍義政。義政は天才ではあるんですが、残念な事に政治か武士としての天才ではなかった。政治はそっちのけで趣味の道に走り倒し、先の大戦応仁の乱が起きる原因はこの義政のキャプテンシーのなさとタイトル/地位役職上リクワイアされる仕事をしなかったこと、及び能力がなかったことが大原因。文化人としては天才、日本史上軽くベスト5に入るほどのセンスの良さとクオリティの審美眼を持っていたとおもいます。
日本史上極悪な不適所不適材。

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観音堂、銀閣
というわけで、シリーズキヨトの主テーマ応仁の乱についてさっくりと主観的にまとめると。まず義政の正室側室がいがみ合いが野放し、富子側が今参局一派を隠岐の島に流罪(1459)後宮パワーバランスがぐだぐだ、さらに歴史的によくある最悪パターンで側近も女方についていがみ合う。時を同じくして天変地異、大規模旱魃、享徳の乱、台風で飢饉発生、さらに水害と旱魃が交互に起こり、虫害、疫病も発生し、長禄・寛正の飢饉(1459〜61)寛正2年1461年の最初の2ヶ月で京都で推定8万2千人死亡、賀茂川の流れが餓死者の死骸で堰止まったと言われている。その中で、政治トップの征夷大将軍が自宅や庭園の造営と猿楽やパーティに耽溺、さらに災害ではなく花の御所改築に予算や人員投入、当時の第102代後花園天皇の勧告を無視してまで、災害飢饉に対処しなかったことは有名。
寛正5年(1464)富子に子ができなかったので、実弟の義尋を時期将軍にする為に無理くりに還俗(足利義視)させる。
寛正6年(1465年)に富子、男児(後の義尚)出産。

 ま、、もめるわな

見事にティピカルに揉めパターンですわ。

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かつてライバルを追い落とす為に濡れ衣を着せて(ほんまに呪詛したかもしれんが)遠流にしたような正室富子、すでに次期が決まっててももちろん横槍ですわ。義尚を次期にするために山名宗全と手を組む。もちろん義視も負けてないです、細川勝元と結託。
そこで義政(あ、居ったの忘れてたってぐらい政治の役に立たない男)、文化系趣味に耽溺したまま、ふにゃふにゃとどっちつかず、なにも決めない決められない決めたくない(諸説あるが、単なるうつ病体質的逃避型かと)
で、
寛正6年(1465)武衛騒動(管領家の畠山氏、斯波氏のお家騒動)
文正元年(後土御門天皇即位1466)文正の政変(伊勢貞親、季瓊真蘂ら追放され)
義政を甘やかしつづける腐敗側近が追放、義政はさらにやる気を失い。大名たちは野放しへ。

そして、
応仁元年(1467年)ひとよむなしい、応仁の乱へと突入

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樹齢500年の千代の槇
てなわけで、室町幕府管領家の畠山氏、斯波氏のお家騒動から、細川勝元と山名宗全の勢力争いに発展し、義政の次期継嗣争いやらなんやらかんやらなんかもうわけわからんほどの揉め事が加わって、ほぼ全国に争いが拡大
主要な戦場となった京都全域が壊滅的な被害を受けて荒廃。この時失われた文化遺産はものすごい量やろねぇ、、。
ともかく、そんな大戦のトリガーになった義政
大戦では花の御所を焼失したので、戦後、東山山荘の建築に本腰を入れる。が、戦後すぐでヒューマンリソースもお金もない(復興費用はガン無視な義政)。諸大名から費用の毟り取ろうとするが、もちろん無理。公家領・寺社領から費用をむしり取る。
美意識だけをプライオリティに立地や姿などを具現化させていったんでしょうねぇ。まず、東山にあった某寺の墓地を無理やり召し上げて勝手に建築スタート(一説によると戦後のどさくさに紛れて正式な許可なく造営開始したとか)。さらに応仁の乱や飢饉などのための災害復興費を横領し銀閣関連施設の造営費に投入。自分の目に叶うランドスケープマテリアルを徴収、たとえば鹿苑寺の庭石、仙洞御所の庭石、東寺の蓮、等持院の松など、もともと選りすぐって造営された庭や施設からさらに選りすぐったいい材料をかっぱらって、、

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義満が憧れた祖父義満の金閣をモデルに、
美のすべてを投入して造営された銀閣
この美しさは数十万の死の上に君臨している。
美しくなくてどうするよ。

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東求堂(とうぐどう)
観音堂(銀閣)とこちらの東求堂が国宝。
銀閣は東求堂から眺めるのが一番いい姿になるように計算されているらしい
東求堂から銀閣の方を見ると
こんな感じ

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右手に見えるのが本堂(方丈)で、目の前にナナメのシマシマに形成されているのが銀沙灘(ぎんしゃだん)。このナナメをみていると幻惑される、ていうかフィジカルにちょっと三半規管がグルグルして嘔吐感が。ぐぼっとなりながらも、この向月台の真上に満月がぽっかりと浮かぶ様子を想像してみる。月明かりに光る銀紗の波のうねり、、。2010年宇宙の旅も真っ青なSF的美しさというか、チチェン・イッツァのような信仰的な美しさというか。

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向月台(こうげつだい)
非常に美しいが、夜に一人でこんな美しい目眩がおきるような庭にいたら、月なだけにほんもののルナティック(Lunatic)になりそうです。紙一重の危うさもまた美の要素なんでしょうかねぇ。

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庭園はもちろん王道、錦鏡池(きんきょうち)を中心に据えた池泉回遊式。西芳寺の庭園を模して造ったと伝わっているが、現在のこの状態は江戸期にメジャーチェンジしているのでかなり違う庭になっていると思われる。
超絶趣味人が人道を無視して作ったのがこの銀閣
はっきりいって仏道には程遠い、芸道というか、数奇道集大成

”くやしくぞ過ぎしうき世を今日ぞ思ふ心くまなき 月をながめて”
存外後悔しているのは月の美しさにはまだ程遠いと感じる自分の造営した庭の出来なのかもしれんねぇ。自分が原因になっといて、大戦がなかったらもっといいものが作れたのに、もっと資金や人員を(庭や建物に)投入できたのに、、と、美しい月を眺めながらこっそり正直なところを歌っているのかもしれない。

金閣は人を狂わせるかもしれないが、銀閣ははなっから狂っているのだった。
狂ってなければ具現化できないの美の極み。
てなことを考えながら、

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鹿ケ谷(ししがたに)を歩く
応仁の乱よりも290年も前、清盛が政権を獲るきっかけとなっていく鹿ケ谷の陰謀の鹿ケ谷。鹿とかいて”しし”と読むんですが、そういえば昔、あるブロガーさんとオフで会っていたとき、鹿威し(添水)を見たその人が「しかおどし、しかおどし」と言って騒ぎだしたので、「それは”ししおどし”って読むんやで」と止めたんでですわ、そしたら、その方のブログ記事で私が「獅子おどし」と偉そうに教えたようなことを5倍サイズフォントで書かれてしまいまして、非常に恥ずかしい思いをした、というような事がありました。それ以来、オフ時で誰がどんな間違いを言うても、訂正しないぞと心に誓ったと、。そうだ、それで誓ったんやったなぁ、、と思い出しました(忘れてたんかいっ)。訂正もアレやけど、「そうやね」とか適当に相槌を打っていたら、あとで私が先導して言うてたような事になってたりするんで、それも実際すこぶる難儀な事で。ま、長い事ブログをやっていると色々人生勉強にもなってきたなぁ、、と、。鹿ケ谷を歩きながらつらつらと考えたわけです。
で、鹿ケ谷を抜けると南禅寺なんですが、途中でものすごーく魅力的な喫茶店が目についた。

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喫茶はく
ちょっとコーヒーブレイクのつもりが

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ハムサンド うまーーーー

カラシの入り具合が絶妙。
って、あかんやーーーん。
なんというか、熊野の山で修行してやっと煩悩に打ち勝ったと思いきや、那智の滝でチュドーーーーンというのと同じような煩悩っぷりですわ。さっぱりわややな。
ということで、シリーズキヨトつづきます。
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金閣が眠っているのを見たことがない

2017.05.22 09:00|関西
シリーズキヨトその8
一休さん(テレビアニメ)世代なので、足利義満としんえもんさんが金閣寺でぶらぶらしているのが脳内再生されます(笑)

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北山鹿苑寺、臨済宗相国寺派に参りました。
ご本尊は観音菩薩。ファウンダーは足利義満で応永4年(1397)。有名な”金閣寺”は舎利殿で所謂仏舎利、お釈迦様の遺骨を収める建物なんですが、お釈迦様の骨も物理的な量の限界があるので(とはいえ世界各地の仏舎利を集めるとウルトラマンぐらいのサイズのお釈迦様になるぐらいは余裕であるらしい)、イコンとして宝石なんかを納めている塔が多い。受難も多い金閣、先の大戦では西軍の陣だったので建物全てに大ダメージを受け、江戸時代になって修理&再建。そして、明治のアレ金閣と庭園を公開し拝観料を徴収して寺収入として生き残ったので、早いうちから観光収入でなんとかしていたお山であるとも言える。
昭和25年(1950年)7月2日、放火により金閣(国宝の舎利殿)と安置されていた国宝足利義満坐像、伝運慶作の観世音菩薩像、春日仏師作の夢窓疎石像等10体の木像等もすべて焼失。昭和30年(1955)に創建当時の姿を復元した金閣が再建されたが、国宝は解除されている。世界遺産古都京都の文化財には登録されている。

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たまに思うんやけど、美しいものというのはあるいみインフルエンザウイルスみたいな怖さがあるわな。フルなんかも感染した人全てが発病するちゅうもんでもないし、感染した時に病んだ体や老いすぎた体であると命の危険が生じたりもする。金閣寺の美しさに感動したからといって、燃やそうとは思わへん。”普通”はフェルメールの絵をみたからって買おうとか盗もうとか破壊しようとは思わへん。ただ、その時に心が病んでいたり、常識がなくなっていたりすると、トンデモナイ方向に行ってしまうんやろかい。そんなんで、感動と感染は似てるように思う。発病してしまったら、発病したのを抑えるチカラが、免疫や体や心になかったら、それは呪詛になっていくんやろうねぇ。とはいえ小説『金閣寺』にはしびれる美しさを感じるが、一転モデルになった林養賢の方には八つ裂きの刑になればいいとおもうほどの憎しみを感じてしまう。罪を憎んで人を憎まずってなことを言いますが、罪の種類にもよる(私的主観で)。美に対してどうしようもない感情を抱くこともあるだろうけど、それは己の中だけで文字にするなり絵にするなりなんらかの形で昇華するべきで、実際に対象物にフィジカルに害をなすものは許せん。
「美は誰にでも身を委せるが、誰のものでもない」のだと私も思う。

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五用心(五戒)ちゅうのは在家の信者がまもらんとあかん戒律ですが、ちょっと優しめのんが書いてありました。とはいえ、私は仏教徒ではないので守らんでもええんですが、仏教徒でなくても人間としてのガイドラインやと思います。どの宗教でもほぼ同じような戒律ですし。
1不殺生戒 生き物を殺してはならない
2不偸盗戒  他人のものを盗んではいけない
3不邪婬戒 不道徳な性行為を行ってはならない
4不妄語戒 嘘をついてはいけない
5不飲酒戒 酒を飲んではいけない
とはいえ、額面どうりにはいかんからねぇ。特に1、肉や魚くいたいし、蚊とか見たら撃墜したいからねぇ。4、厳密にいうと嘘でも、正直に言うとアカンという場面も多いからねぇ。5、般若湯はねぇ、溺れないことですねぇ。
日本的に何事も常識枠で中庸というかグレーゾーンを大切にしたいです。

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拝観料を収めると入場券=お札
1950年の金閣寺放火事件の前は三層にのみ金箔がのこっていたらしいが、再建時に二層まですべて金箔がほどこされ、多分この状態が義満がみていた金閣の姿に近いかと思う。

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宝冠釈迦如来像と足利義満像がみえている
去年、はむちゃんといっしょに都美で若冲展覧会を楽しんできましたが、その時にこちらの鹿苑寺の大書院障壁画もたっぷり拝見しました。葡萄小禽図、松鶴図、芭蕉叭々鳥図、菊鶏図の襖絵、それに竹虎と鳳凰も鹿苑寺のんでしたねぇ、、今、目をつぶっても叭々鳥の姿が思い出せます、、あれはすばらしかった、、(ため息)。

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白蛇の塚
もともと鹿苑寺の地所は鎌倉時代西園寺公経(藤原公経)が西園寺と山荘をスタート。以後、子孫の西園寺家が代々所有していた。西園寺家は朝廷と鎌倉幕府との連絡・関東申次を務めていたが、鎌倉幕府滅亡するともちろんその役職もなくなり失業。当時の当主西園寺公宗は鎌倉幕府北条氏残党らと結託、北条高時の弟・泰家を匿う。西園寺公宗と北条泰家は後醍醐天皇をここに招いて暗殺し、伏見法皇を擁立して新帝を即位させるというクーデター計画を企てる。しかし、異母弟・西園寺公重の密告で計画が発覚!!西園寺公宗は日野氏光(公宗の正室・日野名子の兄弟)たちとともに捕縛、出雲国へ配流に決まっていたのに、その出雲への道中に名和長年により処刑。西園寺家の莫大な所領と資産は没収。
この白蛇の塚とよばれる五輪の塔は、弁天さんやとかあっさりとした説明立て札がありましたが、家運に神徳がある弁財天をかぶせているところが、家運が尽きた西園寺家の無念を鎮めるもんなんかと感じます。
ぞわぞわするねぇ。
存外こちらの金閣や鹿苑寺に災いが起こるのは西園寺家の呪いなのかもねぇ。とはいえ、足利家はそこらへんで呪われるようなことをしまくっているわりに、結構ちゃんと祀ってないのでラジカルな家のような印象がありますが。

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銀河泉
足利義満がお茶の水につかったと伝わっているらしい。
ま、当時は水質もすばらしかったんかと思う。

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貴人榻(きじんとう)
昔高貴な人が座った石らしい。
室町幕府から移設されたと書かれていたが、燃えた後の花の御所からもってきたんやろか、とか、この石も燃えたんやろか、、とか色々と想像してしまった。

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あわてないあわてない、ひとやすみひとやすみ
鹿苑寺はいつ来ても、なんかものすごく疲弊します。
金っていうのが心を狂わすんかねぇ、、。あんまり心安らかにいられない私です。
金閣とくれば、、、次は?
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