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きのふはけふのストーリー

Beautiful things don't ask for attention.

鶴岡八幡宮〜豆に願いを

Posted by jube on   6 

神奈川宿紀行第十一話
鎌倉うろうろしております、
鎌倉宮、鶴岡八幡宮、御霊神社佐助稲荷神社宇賀福神社江島神社

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鶴岡八幡宮
雨予報だったんですが、晴れております。
必殺晴れ婆です。が、多分崩れてくるでしょう、何時までもつかは不明です。
鎌倉駅からすぐ若宮大路に入り、二の鳥居から詣でます。

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段葛
元は一の鳥居からずーっと続いていた、ぬかるみ回避の参道。
きっかけは政子の安産祈願の為に社頭から由比ヶ浜まで作ったそうだが、それだけでなく色んな意味でこの道を整備する必要に迫られていたんでしょうねぇ。
横須賀線建設の為に一の鳥居から二の鳥居までの段葛は撤去されてしまっている。が、現代の土木技術により低い道もぬかるむ事はなくなっている(そりゃそうやわね)。

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三の鳥居に到着
鳥居をくぐると太鼓橋、そして両脇に源平池。
西が平家池で東が源氏池
東の源氏池には島が三(産)つでいつまでも栄えるように、北条政子が源氏の旗印にちなんで白い蓮を植え、旗上弁財天社がお祀りされている。方や西の平家池には平家の旗印にちなんで赤い蓮、それに”しね平家”と四(死)つ島が作られ滅びますようにということだそうで、、。呪いがかなりオフィシャルだった頃。ま、今でも良い方も悪い方でも呪的なものは存外身近だったりするんですが(笑)。

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実はこの平家池の傍に神奈川県立近代美術館鎌倉がありまして、こちらも楽しみにしていたんですが、、なんと今年の1月に閉館してしまっていたそうです(チーーーーーン)。やっぱり滅びるようにとかけられた呪が美術館にまで影響したか(あはは)
なんかもぅ、工事とかしてオレンジコーンがアグリーにいっぱい置かれていました(涙)。
源平池をすぎると境内にテキ屋が並び、テキ屋の並びをぬけると手水舎、そして舞殿があります。静御前が”好き好き義経様”の舞を踊って、頼朝が激怒したという舞殿。今でも毎年四月に静の舞が奉納されるそうだが、やっぱり頼朝は変わらず激怒しているんだろうか、草葉の影でキーーーと癇癪おこしながらグルグルローリングしている事と想像してしまう(あははは)。

康平6年(1063年)8月、奥州を平定した源頼義が京都石清水八幡宮の御分霊を勧請して、鎌倉由比郷に社殿を造営”由比若宮”をお祀りしたのが最初だそうだ。それが元八幡(←クリックでぐるぐるマップへ)、海岸線に沿って弦のように形成されていた砂丘で、”弦ヶ丘”と呼ばれていたそうだ(現在とは海岸線が違う)。ガタと同じく、砂とラグーン(潟)、そして湿地帯という人が住めるような土地ではなかったそうだ。それを頼朝が治承4年(1180年)10月12日に現在の地所である小林郷北山に奉遷。その後、建久2年(1191年)3月の大火で社殿のほとんどが焼失、そこで大臣山を切り開いて高い位置に造営されたと、

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それが今こうして私が見上げている社殿、鶴岡八幡宮。
というわけで、源頼朝が狭く暗い獣道のような切通しをぬけて到着した鎌倉で見た景色は、狭い山と海に囲まれた湿地と赤い丹の川、黒い砂鉄を含んだ砂、こんな立派なお宮はなく、山も切り開かれておらず、ただ、湿地とぬかるんだ馬も歩きづらいような道。この土地にすんでいた非人、鎌倉党たちを追い出した、というよりもアッサリ頼朝達武士に譲った土地。発掘調査によると、鎌倉時代の鎌倉は現代よりも2メートルほど地面が低かったそうだ。
61段登ります。かなり急で警備員さんが走る小学生とか立ち止まる爺婆を叱りまくってました。

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本宮正面
神額の『八幡宮』は石清水八幡宮の一の鳥居の額と同じ書ですね。石清水さんの額は一条天皇の勅額で、小野道風・藤原 佐理とともに平安の三蹟と称えられる藤原行成が天皇の勅を奉じて筆を執ったもの。とはいえ、残念ながらオリジナルではなく松花堂昭乗(寛永の三筆) が元和5(1619)年に作成したレプリカ。こちら鶴岡八幡宮のはだれが何時写したものかは私は知りません。が、豊島屋が写して鳩サブレーになった、というのはどこかで読んだ事がある(あはははは)。
こっから先は真面目に参拝しているので撮ってません。宝物殿で考古資料、御輿、武具などもしっかり拝見しました。

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ほんま、ま〜〜〜すぐな参道
ビミョーーに写ってますが、この階段の西側にあるドデカイ切り株っぽいのが大銀杏。樹齢1000年を越える老木。そう、これが”隠れ銀杏”です。公暁(源頼家の子)が三代将軍実朝を暗殺する為に隠れていたのがこの銀杏の木の影だと言われているんですが、他の文献には別の場所やったとか色々と真否のほうは定かではないです。が、私もこの銀杏の幹をみながら、銀杏の影に隠れる公暁とその前をぽや〜んと和歌の創作とか考えながら歩く実朝、公暁が出て来てバッサリ殺される実朝、、阿鼻叫喚を想像して、またもや鎌倉の闇が銀杏の陰に見えたような気がしたんでした。
平成22年(2010年)に倒伏。木自体は死んでいないのでひこばえが生えてきていますが、往年の銀杏を知る人の涙を誘う姿となっています。

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まさに実朝のように御首級をとっていかれたあとのようなを連想してしまう。
首無し死体、、
さらにじっと見ていると、凸凹1つ1つが人に見えて、屍体がギュっと束ねられているようです。
恨みをもって斬殺されていった鎌倉幕府の武者たちが折り重なって怨嗟の叫びをあげているみたい、、

境内には後鳥羽天皇、土御門天皇、順徳天皇をお祀りする今宮、頼朝と実朝をお祀りする白旗神社、丸山稲荷社(室町創建)由比若宮(元八幡)遥拝所、流鏑馬馬場、国宝館などがありまして、

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鎌倉国宝館
国宝の籬菊螺鈿蒔絵硯箱、沃懸地杏葉螺鈿太刀、沃懸地杏葉螺鈿平胡籙、蘭渓道隆墨蹟 法語規則はもちろんすばらしいものだと思いますが、それよりも私的には特にスカルプチャーがファンタスッティック。鎌倉室町のすばらしいピースが並んでいまして、たまりませんでした。大感動スペクタキュラー。
満足して、若宮併設の社務所にてお札などと一緒に

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鳩のエサも授与してもらいまして。50円、中身は豆まきでつかう炒り豆。
そう、怨霊退散!!!!退魔の豆です。

ちなみにこの私愛用の扇子は石清水八幡宮のオフィシャル扇子です。
以前いっちゃん襲撃&石清水八幡宮参拝の折に授かってきたお品。今回、本家から来たよ的にカッコつけてみました(あはは)。下りものなんよ〜、都のカホリよぉ〜て(あははは)
巫女さん曰く、源氏池にて神のお遣い鳩たちがお待ちになっていらっしゃると。
結構無防備に鳩豆の紙袋を持って源氏池に近寄って行くと、すぐに鳩に

こいつ、豆もってんで!!クックルー!

と、バレまして、即座にもみくちゃ。頭から腕から鞄から背中から全身にみっしり2桁鳩がたかっている状態。周りを歩く観光客の目を引きまくり、写真撮られまくりました。
恐怖鳩婆(ぎゃはは)。
あっという間に豆が無くなって、、鳩も散ったのでやっとカメラが出せました(笑)

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この2羽だけしつこく私にたかり続けました(あはははは)。
鎌倉に来たら、鳩!!
鳩サブレーを自分で食うのもいいですが、鳩に豆をあげて鳩にたかられまくる、、というのもまた良いと思います。是非神様のお遣いにもみくちゃにされてみては?ご利益とウンがつくかもしれません。フィジカルなウンもつくかもしれませんが(あははは)。重要ポイントはちゃんと社務所のお豆をあげることです、鳩サブレや別の菓子でもパンでもクラックドコーンでもピーナツでも鳩は喜びますが、怨霊退散しないですし(笑)、やっぱり神さまのおつかいを頼むにも社務所の豆がいちばんかと、、(あはははは)。
ま、これで罰当たり発言もりだくさんで私にとりついたものも祓えたかと思います。
さて、ここからは気が重いんですが、、
鎌倉宮のほうに向かっていきます。
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東海道中膝電車スキマ旅11

コウノトリのきずな

Posted by jube on   4 

神奈川宿紀行まだ続いていますが、ちょっとブレイキングヌース
ヌスカンクです。



コウノ卜リが来てました。
赤子を運んでいるわけではないです(笑)。
ほんまもんのコウノトリ、オリエンタルストーク。但馬(兵庫県北部)から飛んで来たんだろうか。
足にバンドだけでなく背中にぴゅ〜んとアンテナが見えています。GPSを背負っているようです。
ネットで調べると、黄黒&黒赤はJ0127、今年2016年3月26日生まれのオスで、6月4日に千葉県の野田市でソフトリリースされた個体です。そうか、千葉からのほうが近くて来やすいわね〜。早速但馬のコウノトリの郷にレポートし、元気な姿を報告しました。
きずな君という名前だそうです〜〜。



こういう姿勢になるとアンテナがよく見えます。
きずな君、のんびりと歩きながら田んぼを移動
虫なんかをたべておりました。
ひょいっと投げてからパクっと、、
そう、犬の鼻の頭の上にお菓子を載せて、ハイ!よし!で、ひょいぱく。あれと似たような動きです(笑)。
何時間でも見ていられますねぇ、カッコイイです。
が、残念なことにガタなんでいきなりの土砂降り。天気予報は曇りだったんですが、ガタなんで当たりません。
撤退を余儀なくされました。
ガタに居着いてくれるといいな〜〜〜。
コウノトリが来たら←pdfパンフです。
コウノトリは文化財保護法と種の保存法により保護されています。ガタ県民はトキの繁殖と放鳥で基礎知識はもっているとは思いますが、コウノトリも同じく保護されていますので要注意です。野生に復帰することが目的なのでエサを与えたり絶対にしないでください(エサをあげたい人が後を絶たないそうで、涙)。何かあれば連絡先はパンフにかいてありますし、ガタ市民は紫雲寺の野鳥センターに連絡するのも良いです。

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土砂降りの中のきずな君
元気に暮らしてほしいです。そしてできたらガタでお嫁さんを見つけてガタ生まれの子をつくっていってほしいですね。
コウノトリたち、実は但馬放鳥初期から和歌山の実家の近所にも飛来してたそうで、近いですしねぇ、結構盛り上がってました(笑)。見たかったなぁ、、。ちょうど私が高校生の時の通学路にある家の屋根によく止まっていたそうだ(あははは)。
ヌスカンク、なかなか幸せな鳥がよく来るので有名ですが、現在コウノトリだけでなくトキも出没していて鳥好きたちを悶えさせております(笑)。

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ゥワセキガータパークももちろん寄る(笑)
池の水面にハクチョウの白い羽が結構たくさん見えたので、こちらにももうハクチョウが来てるんでしょうねぇ。昼間はどこぞの田んぼで食事してる筈です。

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池にかけられている素敵な木製トレイルにオオタカの若いのがたかっていました。
土砂降りなのでサカタは断念。
さて、普段来ないヌスカンクですが、
この日の朝、いつもの様に鳥屋野潟を歩いていたら、Deerさん夫妻とBookさん夫妻からヌスカンでコウノトリ出現と教えてもらいまして、その時はコウノトリみたいなビッグバードは大砲がズラーリだろうし、トゥイッチャー行動ってのもナニやし、放鳥個体だろうしー、とかブーブー言うて行く気にならんのよねぇ、なんて言うてたんですが(あははははは)。ちょっと小雨が降り始めまして、鳥屋野潟の駐車場に戻って車に乗った時に、もしかして雨がちならば人が少ないんでは?!と思ってしまいまして、しかもまだ午前中も早い時間やし、時間はある。鳥屋野潟から20分ほどですしねぇ、、放鳥個体なればバンドが読みたい、読みたいったら読みたい(笑)。これは居るか居らんかわからんでも行かねばなるまいよって興奮してきまして、、
結局行きましたがな、行ってよかったわ。
きずな君、かわいかった。ビバ、私(ぶっ)

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で、鳥屋野潟のほうはというと
コハクチョウの羽が水辺の広場に落ちていました、、
まさか水辺の広場(芝生の広場)で夜にウロウロしていたわけではないだろうが、、
ちょっと想像して笑えた。

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ムシクイと3ヒタキの波がまた来てます。
オオムシクイのなかに1羽メボソがまじっていた。

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コサメビタキが一番可愛い。
も〜〜、クリクリお目目と三角嘴がたまりません。激萌え。

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サメビタキのヤングちゃん。
ものすんごく警戒心薄いです。さすがジュブナイル。
しかも、私の周りにつきまとっていた大きなハエ(蠅につきまとわれると凹むわ、臭うのかしら、爆)を、ピッと食ってくれました。左耳横80センチぐらいでした。めっちゃ興奮した。そして、蠅とってくれてありがとう、感謝。
そんなんで、いい日でした。
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狐の巣ー佐助稲荷神社

Posted by jube on   6 

神奈川宿紀行第十話
鎌倉うろうろしております、
鎌倉宮、鶴岡八幡宮、御霊神社、佐助稲荷神社、宇賀福神社江島神社
そういえば昨日、ブログをアップしてから白蛇ゆるキャラを考えていたんですが、宇賀神ってそのまんまでゆるキャラっぽいですよねぇ、奈良の大仏の頭に鹿の角がはえたキャラとどこが違うねんって、、もしかしたら宇賀神も産まれた当時は当時の女性に「カーワーイーイー」とか言われていたゆるキャラだったのかも、、(ぶっ)

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鎌倉総社 佐助稲荷神社
銭洗弁財天宇賀福神社から5、6分ほど歩くと佐助稲荷に到着しました。裏から山道でも繋がっているそうですが、それは”参詣”からズレますので正面から攻めます。
宇賀福神社もある意味、ギョっとする怪しい入り口だったんですが、こちらもかなりのもんです。両サイド民家でギリギリなアリーが参道。
源頼朝、当時の佐(すけ)殿=右兵衛佐(うひょうえのすけ)を助けたイナリさん、で、佐助稲荷という名がつけられた(看板にも同じような意味の御由緒が書かれてあった)。ご当地セレブの源頼朝の縁も縁、めっちゃ助けてる神社やのに、この地味さって、なんか微妙に頼朝ってセレブやけどあんまり崇敬されてない?

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朱の鳥居が並ぶ坂道参道を登っていきます。
ものすごく細くて狭くて、低い鳥居、、。
蚊だらけやし(とほほ)

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佐助稲荷神社
とても雰囲気がありフォトジェニック、素敵な社です。
私的には好み。好みなんですが、、
伊豆の蛭ヶ小島に流されていた頼朝が病気で寝込んだ時に、「かくれ里の稲荷」と名のる老人が夢に出てきて、平家討伐の挙兵をうながしたそうだ。銭洗宇賀福神社につづいて、また夢枕。ま、夢って事にしているだけで、こちら佐助地区のゴットファーザーが蛭ヶ島に連絡してきて、うちがバックアップするから挙兵しなさいと言った。もしくは、蛭ヶ島に居ながら、鎌倉の佐助地区の「かくれ里の稲荷」を名のる地元の元締めにスポンサーになるように打診したのが成功した、というような事やったんではなかろうかと思う。そんで、タニマチのかくれ里の稲荷翁の恩を忘れないようにとこちらの稲荷を祀ったと、、。御霊神社も宇賀福神社でも思ったけど、恩返しがケチくさい。新潟長岡の宝徳山稲荷大社ぐらい派手にお祀りしてもいいレベルの恩なんではないか?いいくにつくろう鎌倉幕府よ、征夷大将軍になったのは地元のサポーターのお陰やったのに、なんかショボイお返しという感じがなきにしもあらず。もしくはほんまに頼朝自身は財がなかったか、もしくはだだのケチか(ううう身もふたもない)。



タイワンリスが居ました。まったく有り難く無い外来種です。
狐はなにをしているのか(笑)
山の中腹にこっそりとお祀りされている感があります。
ほんま、こっそり。

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境内鳥だらけで双眼鏡がほしかったのなんのって(笑)
ただ、蚊がおおすぎてじっとしているのが無理。ワタリの時期とかめちゃくちゃおもろいんではないだろうか、佐助稲荷のアナザー楽しみ方。

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霊狐泉というのがありました。
その横に謂われの看板があった

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万治二年(1659年)江戸時代、江戸城が竣工した年ですねぇ。
源十郎弥十郎事(佐助稲荷霊験譚)とありまして、魚行商人の源十郎という男が、由比ケ浜で犬に襲われていた狐を助けたと。で、その夜に夢にその狐が現れて、魚の行商を止めて佐介谷(この佐助神社があるあたりの土地)で蘿蔔(らふく/すずしろ/大根)を作ったら幸せになるよ!とお告げをした。で、源十郎さん、お告げのままに佐介谷で大根を作ったと。そしたらその年の冬に鎌倉全域を疫病が襲いまして、死者もでてくるほどの猛威をふるった。すると、ある人の夢に神様が現れて、佐介谷の源十郎の大根を食べれば治るとお告げをしたと。で、源十郎の大根を買って食べてみると本当に病気が治ったそうで、口コミで源十郎大根の噂が広まり、売れまくる。売れると大根の数も減りますわな、すると値が上がる(市場の法則)ということで、源十郎ボロ儲けして、大金持ちになって、ここの稲荷神社の社を建てたと。
 って、、、頼朝が建てた社とちゃうんか?!(笑)。現在のこのサイズを建てたというからにはもともとの頼朝が建てたサイズはどんだけちいさかったんか(汗)。それに、疫病で苦しんでいる時に薬になる大根を売って儲けるってちょっとナニな儲け方よねぇ。しかも、大根の数が少なくなってきて値が高騰って、値ぇつりあげとるやん、イヤー、火事場泥棒。その病人の枕元にたった神さんて、狐が化けてたんとちゃうん?って思ってしまうんやけど。まぁ、栄養事情とビタミン不足の時に大根って普通に良い食品やん、疫病って風邪やったんとちゃうん?風邪に大根って効くし。ほっといてもダイダウンするようなもんやけど、治る患者にいいタイミングで治りかけに大根でレイゲンアラタカってなぁ、、。これって堂々と書いて胸張れるような話ではないように感じてしまう。ともかく、由比ヶ浜で砂鉄を密漁していた非人(いなり)を下っ端役人(犬)が捕縛しようとしたかしているのを源十郎が匿って助け、助けられた非人組合が魚の行商を元手に農作をしようとしていた源十郎のバックアップした、ちゅうような話がほんまのところとちゃうんかなぁ、、と想像してしまいます。まぁ、自然発生のインフルエンザを利用したのか、普段から冬場は風邪っぴきやビタミン不足で病気になる人も多かっただろうと容易に推察できるから、そこらへんの知識を有効に利用して大根、となったのか、、はたまた少ない井戸に少量の丹(水銀)でも混入させたか、、、いなりの民なのでそこらへんのさじ加減も分っていただろうしねぇ。妄想はつきません。

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境内、雰囲気は大変いいです。
写真撮るの楽しい、、なんともビミョーな気分で微妙に心にはしこりがあるけどねぇ。
ちょっとナニな手段で儲けた源十郎、狐の所為にすなよ、、

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狐達は、ひそひそ話しているように見えました。
目つきが悪いもの(あはははは)。

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佐助稲荷神社
非常に面白かったです。
鎌倉、興味が尽きないどころか更なる興味が沸いてきます。
つづく!
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東海道中膝電車スキマ旅10

金が増える!

Posted by jube on   6 

神奈川宿紀行第九話
鎌倉うろうろしております、第一話でリストアップした行き先
鎌倉宮、鶴岡八幡宮、御霊神社、佐助稲荷神社、宇賀福神社、江島神社
に、、二カ所しかこなせていませんでした(あははは)。
日を改めまして、まず源氏山に向かいます。

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銭洗辨財天 宇賀福神社
宇賀神(人の頭を持つ蛇)を御柱とする神社です。白蛇神/弁財天/宇迦之御魂神/市杵島姫命/ウカの神様については書き始めると長くなるので割愛、さして私の個人的突飛な妄想もないですし(あはははは)。今回、神奈川、鎌倉を歩いていていつも人頭蛇身の宇賀神さんの影を感じました。そーゆーことみたいです。

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鳥居一体型のトンネルをくぐって境内に入ります。
それだけで神域感がグググっと盛り上がる。もりあがるんですが、鳥居をくぐったのにもかかわらず漂ってくるお線香のカホリ、、。
文治元年(鎌倉幕府スタート7年前)、巳年巳月巳日巳刻に宇賀福神が源頼朝の夢に出て来て、「この地に沸く水で神仏を供養せよ」というお告げがあったのが縁起だそうで、、。
 ていうか、このトンネルをチャリで爆走してきた老人が、、(滝汗)地元の信仰が厚いのかなんなのかビミョー。

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弁財天(仏系)と宇賀福(神系)が見事に習合しきっておりまして、
辺一面、お線香の香りがただよいまくっております(あはははははは)
ものすごーく違和感。

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奥宮、この中で”銭”を”洗う”儀式を行います。
雰囲気はル◯ドの泉っぽい妖しげな秘跡宗教臭ただよう(ぶっ)。盲目の少女の目が見えるようになったり、足の不自由な人が歩けるようになったり、医者に見放された重病が治ったりとかそんなミラクル風呂敷が敷かれてそうなねぇ、、。もちろんコチラも泉の水も鎌倉五名水に数えられる有名水なんですが、残念ながらそういうミラクルではなく、即物年末ジャンボ的に

金が増える!

どんなんやねん、、めっちゃ目先(ぶっ)。ていうか神様ヌキで努力でなんとかなる程度の難易度低めなウィッシュやんか、、。なんとなく世界に向けてちょっと恥ずかしい霊験の小ささを感じてしまう私(ぶっ)。いいんですけどねぇ、ある意味ウソくささが少なめではありますねぇ。チッサイわー。

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中にはいってみましょう。
上部にも穴が穿たれていて、どうやら横穴っぽい感じ。水があるだけでやぐらに似ています。
天井からは色あせた線香の移り香がする千羽鶴がぽそぽそとぶら下がり、
今で、このムードをたもっているんですから、鎌倉時代〜江戸時代はどんだけ”霊験あらたか”やったことでしょうねぇ。

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こちらでお金を洗います、、。
なんか、、どっかで見たような、、、
うーーん、思い出せん。
とりあえず、現金を洗ってみたら思い出せるかもしれない、、と

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社務所へ
社務所といったらいいのか、寺務所?宗務所?悩む。お札などに並んで、ザルと線香と蠟燭がありまして、100円納めてこの三点セットをうけとって、本宮を拝みます。蠟燭と線香を点けて、、一瞬ナムダイシ、、と言いかけて思いとどまる。ど、、どの真言を言えばいいのか?普通に弁天真言オンソラソバテイエイソワカでええんか〜〜???ていうか、線香つけてるけど市杵島姫命がお柱やん(やっぱりな!)!!二礼二拝一礼もしといたほうがいい?(あはは)。もう、あるがままに受け入れるしかない、ビバニッポン。

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なんとなくポケットに入っていた小銭をザルに入れて眺める。
今こうして写真を見ると122円やん、倍に増えても244円です(ぎゃはは)、そんなことどうでもいいんです、ザルに水を入れてみて、ハタと思い出しました。
これは、、佐渡金山で見たやつです。砂金採り!!鎌倉なので砂金ではなくて砂鉄でしょうねぇ、なんにせよカナッケ。なるほど、水(と砂や泥)をザルに入れると金になるブツが採れると、銭やなくて金ね、でもひいては銭になるんやけど。ま、そういうことちゃうん、やっぱり労働せなあかんと(あはは)。なるほどねぇ、金を洗うと増えるんではなく、洗うと金が増えるというダジャレ的ご利益アンド集客キャッチだったんかと、。ということで、鎌倉の武器財力で征夷大将軍になったんだから、忘れんなよ〜〜ってことなんかねぇ。ここもやっぱりそうなんか、、って思わされました。忘れていないので祟らないでね、と拝む。

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七福神社
そのまんまですねぇ
まぁ、お金というのは色んな人の手で触られて雑菌ももりだくさんだと思うので、洗う(除菌)するのは良い事かと思いますわ。伝染病予防にならんこともないこともない、、ひいては病気にならず、薬を買わなくても良いし(金が減らない)、仕事もやすまなくていい、そして金が増えると。ご利益デス、フィジカルに(笑)。

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上之水神社

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下之水神社
どちらも水源自体をご神体として祀っているようですんで、水神/蛇神様なのでしょう。お供えの卵は境内の茶屋で入手することができます(値段未確認)。ふと、、最近の洋物流行ハ◯ウィンとかすごいこと盛んに商品になってますやん、そんなんも頭をよぎってねぇ、、いっそイース◯ーをパクって”ミーノヒー”とい卵探すイベントとかやるんです。その前の巳日から前日の辰日までファスティング(ラマダン/精進潔斎/ダイエット的プレイベント、ぶっ)、略式fastで卵を食べない(爆)で、主日巳の日に極楽浄土に居る市杵島姫命が復活する(混ざってる混ざってるし)という日ということにして、白蛇グッズを飾り、白蛇ゆるキャラが踊るなか子供達が境内に隠された卵を探すという、、。またもや罰当たりな妄想をしてしまう(許してたもれ〜)。

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やっぱり実際に来ると得る物多いですねぇ(あははは、ご神力やな)
宇賀福神社から源氏山を眺めました、源氏山を歩いて葛原岡神社にも詣でたいんですが、諸般の事情故断念。
源氏山は標高93メートル、伊予守源頼義とその嫡男の源義家(八幡太郎/頼朝の高曾祖父)の親子が、前九年の役、奥州遠征に赴任した時に、武庫山に白旗を立てて気勢をあげたと、ソレ以来”源氏山”と呼ばれるようになったと言われている。で、子孫の頼朝がこの地に流された時に、この源氏山から鶴岡八幡宮を遥拝したそうだ。っていうか、、“遥拝”せなあかんかったのは何故かというのを考えてしまうねぇ。まー、色々ややこしいことです。
さて、坂を下ります。
ハッピー ミーノヒー(爆)
つづく!
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東海道中膝電車スキマ旅9

オシドリ男子見参

Posted by jube on   6 

神奈川宿紀行つづいていますが、ちょっとブレイク
ガタもすっかり気温がさがってきて、渡り鳥も小鳥のすがたが少なめ、大型が目につくようになりました。
空をみあげると、上昇気流のよく起こる日には猛禽のキャトルがぶわーーんと回転しながら移動していくのが見えます。
いつもの鳥屋野潟にも旅の途中のお客さんや鳥屋野越冬隊も順次到着中。

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13羽のオシドリが鳥屋野入りしました。
残念ながらオシドリは常駐してくれない〜。
1st yrの個体が目立ちますが、美しいアダルトの雄も2羽見えました。ヤング雄は首が華奢でみすぼらしい。ヤングの雌はほんとにウッドダックに良く似ています。やっぱりオシやなぁ、、と感動的。



こちらがウッドダック(アメリカオシ)のメスです。
左にいるのがオス

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クロハラアジサシも8羽ほど
まー、モーレツなスピードで飛ぶ上に、曇りでバカチョンなんでこんな感じですが、
証拠写真としてはコレでオッケー谷ケーお尻のケーで通ります。

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コハクチョウも30オーバー団体がよく見られるようになりました。
毎日確実に居るってわけではないですが。

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女池側潟岸に近寄ってきました。
見放題、ウハウハタイム

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対岸にダック軍団(マガモ、カルガモ、オナガガモ、キンクロハジロ、ホシハジロなど)の間を遊弋するオオヒシクイを眺めていたら、マガンが一羽混じっていた。かわいい、、。
マガモはナニですが、マガンはエキサイティングです。
一字違いでえらい違い。

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ぐるーっと移動してきて、白鳥の間にはいりこむヒシクイたち。
うわ、めっちゃこっち見てるし(笑)

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そして寝た。見ててもええんかいっ(笑)。
やっぱりハクチョウて強いからねぇ、ハクチョウの間にはいると安心感がちゃうんでしょうね。

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ヤングなツツドリがまだ居ます。

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図書館では玄関のところのプロムナードの改装工事中でかなりガンガン音がウルサいですが、
トラフズク母は気にせずいつもの木で寝ています。
この木のある場所、あったかいんでしょうねぇ。暑い間は居なくなってましたが(暑すぎるんでしょうねぇ、あはははは)、ちょっと気温が下がるとすぐに戻ってきます。今年この母のもとを巣立った4兄弟、全員戻って来てくれるでしょうか、、。

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鎌倉レクイエム

Posted by jube on   4 

神奈川宿紀行第八話
鳩の巣窟にて鳩蜜豆を食べたあと、横須賀線に乗って北鎌倉へアレを見に、、

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3分です(あははははは)
歩いても30分ほどですし、歩きながらアレを探すのも素敵やとは思いますが、今、ここで涼しい所で座っているのでそう思うわけで、この時は暑いしばててるし、時間もそんなにたっぷりないし、、てな感じで、実際もし見られなくてもダメモトでありそうなところ、鎌倉外周を歩いてみようと言う事だったんです。

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円覚寺の前もスルー
アレアレゆうてますが、お目当ては”やぐら”です。
腹切りやぐらや百八やぐらは有名ですが、この先にある明月院さんにも大きいやぐらがあります。地図で有名な調査済み保存保護されているやぐらの場所をマップ上にマークしていくと、鎌倉の”内”を囲むように内周に神社仏閣(刑場および埋葬地、色街も)が点在しそのさらに外周にやぐらが点在しているのが解ります。さらに現代地図と古地図をみくらべながら色々と文献をみますと、切通しのちかくに集中している(そりゃそうですが)。

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用水路にそって北東に向かって歩いて行きます。
用水路右手が明月院さんの地所です。
北条時頼の墓が用水路左手、このあたりにあります。
草ボーボーですが、ところどころに砂岩が見えます。こりゃ掘りやすいわ。
あ、

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あっさり見えました。
近くに寄れないような、2階建てぐらいの高さの砂岩壁に横穴が穿たれています。
やぐらですねぇ。
もう、いっぱいありました!見放題。

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やぐらは矢倉という字があてられて、矢などの武器庫になっていたと言われたりもするそうですが、実際は鎌倉中期から室町前期に作られた横穴式の墳墓、納骨堂、風葬窟と言われています。有名高位の武士の家がもっているプライベート”やぐら”はちゃんとした五輪塔や石像や磨崖仏、漆喰、ベンガラで装飾された豪華な”崫”です。実際”やぐら”もぴんきりだったようで、ランクが下がるものは横穴に死体をポイとおいていたんではないかと思われます(私的見解ですが)で、自然と骨になったあと片付けて、また新しい死体が積み重ねられるという方式。ちなみに所謂人でなし、貴族や官人以外の庶民はこの時代(江戸以前)はどうだったかというと、風葬で、基本、町や住居区の外側にポイ捨てです。高い所から投げる(清水の舞台からとか)、谷に投げ込む、山に起きざる、川があれば川に流す、海岸沿いでは海に流すというのがティピカルです。前述の由比ケ浜南遺跡などは数百の人骨に牛馬動物の骨も混じって、さらに死後動物に齧られた痕もみられるのでまさに風”放置”葬。盆地の京都なんかは鴨川が有名ですねぇ、今昔物語やいろんな話で今日の大路にある屍体は鴨川の河原にすてさせたり、河原のしゃれこうべが歌ったりと色々出て来ます。お陰で怪談がわんさかあるわけですが、平安初期には鴨川の河原にしゃれこうべが増えすぎて、朝廷命令で大掃除させたれたそうですが、そのときに5500個(数えきれないほどのという意味でしょう)髑髏があったそうです。話がずれまくりましたが、江戸期から庶民のお墓意識が高いのが実はこちら鎌倉だったそうで、存外貴族の力が薄く、武士と庶民、そして鎌倉党などの地元組織などが力をもっていたのと民間信仰などもまざって作りだされたものかもしれないですし、かなり地形的なこともあって衛生的にも屍体の扱いというのが重要だったんではないかと思います。やっぱり実際にこうしてやぐらを見ながら歩いていると考えがナイアガラの滝のように落ちて来ます。

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滑落で浅くなったのかもともと浅かったのかわからないようなやぐら。
庚申さんや地蔵さんとまざってしまっているような、、

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たしかに庚申さんも多い
今日、庚申さんや地蔵さんを街道でみつけるとおまんじゅうをお供えしたくなったりするが、昔は街道で通行の邪魔になる場所で行き倒れている屍体を見つけた場合、やっぱり地蔵さまや庚申さんなどにお供えしたりしてしまったんではなかろうか。江戸なんかだとお寺にポイとほりこむ、という叙述がよくみられます。
ものすごく罰当たりですが、鴨が一羽湖面にうかんでいると、そこに別の鴨群もおりてきます。だからデコイが有効なんですが、屍体は他の死体があるところに置いておきたくなるとか、、。山間や空き地に粗大ゴミを1つ置いておくだけで、あっという間にどこからともなく粗大ゴミが増えているとう、あの意識ってのはここらへんの庶民的意識からくるもんなのかもしれません。どっちが卵でどっちが鶏かはいえませんが。

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人工的に穿った跡があちこちに見られます。
現代、遺体をみることがほんとうに少ないです。ついぞ150年ほどまえごろまで特に飢饉の折には上流から屍体が結構流れて来たもんだそうです。況や潮溜まりをや。鎌倉時代の鎌倉、庶民には市街地や住宅地から出る、ということはどういうことやったんでしょうねぇ、フレッシュなものから白骨化したもの、はたまた只のカケラになったものまで、”地獄”という名がつく谷が多いというのもそういうことなのかもしれません。単に死体がおおかったから。

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入らないように柵がつけられてある。
やぐらの崫を見ながら歩いていて、死生観と屍体の取り扱いというのはまったく繋がっていない事ではないけど、かなり別のものやなぁ、、と、なんかすとんとおちてくるものがありました。

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物置としてつかわれている、、、(怖っ)
矢倉、、というのも想像しやすい。民間の自衛団が武器を隠すのに屍体置き場や墓を使うというのは常套手段です。基本、そんなところはバレにくいですし、そんなところは探したくないですしねぇ。

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苔むした小道
砂岩を切り通してつくられている。
非常に有意義な時間をすごし、北鎌倉駅に戻る。
のんちゃんは大船で乗り換え、私はそのまま横浜へ向かいました。
楽しかった。ありがとう、のんちゃん。なんか、めっちゃ久しぶりやのに昨日も会ってたような気分(あはは)。
今日のログ、かなりエキサイト大興奮して書いたんですが、
書き終わってみれば、めっちゃ地味なエヅラやん(あははは)。
紀州熊野を歩いていると、黄泉の国やなぁと感じることが多いんですが、かなり観念的というか、、比べて字面では同じ”死者の国”だと感じた鎌倉は全く別でリアルすぎてさぶイボでました。古代中世、鎌倉全範囲をもって”祝谷”だったのではないか、、てな想像して、、(ぞわっ)。
鎌倉つづきます。
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東海道中膝電車スキマ旅8

ハトの巣へ

Posted by jube on   4 

神奈川宿紀行第七話
江の電で鎌倉駅に着きました。昼飯時は過ぎているのでお食事処もそれなりに空いている時間帯かと思われます。
地元民のんちゃんが、美味しい卵焼きを食わせてくれるお店に連れて行ってくれると、卵大好きなので嬉しいです。

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小町通り
京都の三年坂ほどでもないですが、平日の昼過ぎでこんだけ混んでます。

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喫茶店とかの店内もひとだらけ〜
どこも激混みでちょっとウンザリする。
やっぱり人混みは得意ではない。
そして、この時一緒に歩いているのは気配り王のんちゃん、中学生の頃からすばらしい気配りで名を馳せていたヒトなのです。私が人混み苦手なのを察知して、小町通りには入って行かず、ちょっと外れた路地へはいっていきます♪ありがたや、ありがたや〜。

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通り1つ中にはいるだけで、至極普通の商店街というか、飲食街というか、、
観光客もガックリとみえなくなります。
昭和っぽい雰囲気のお店が多くていい感じ。

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卵焼き屋、閉ってました(あははははは)
人気店だそうで、売り切れたら店じまいだとか、、残念。
でも、ま、ちょっと暑さでバテて食欲がなかったので食べなくてもええけど。
甘くて冷たいもんのほうが食べたいわなぁ、って甘味屋に行く事にする。
もうちょっと歩いたら、私の好きなわらび餅の店もあるとのんちゃんは言うが、、
あんまし歩きたくない、と言う私を連れて行ってくれたのが、

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こちら、豊島屋本店
そう、鳩サブレーのお店です♪
実は私、鳩サブレは東京のお菓子だとおもっていました。鳩バスとごっちゃになっていたと思われる(笑)。最近になってやっと鳩サブレと鳩バスが分離しました。
とりあえず、店内に入ってみますと、もちろん鳩サブレー、ものすごーく大きな缶入りのんがあって、思わず欲しくなったが、どうするんか?自宅に送るにしてもそれだけ独りで食うのは、賞味期限内には無理やなぁ、、と二の足を踏んだ。サブレー以外にも美味しそうな和菓子がならぶ。

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小鳩豆楽
可愛い鳩の形の豆落雁。試食させてもらいましたが、ものすんごい豆味というかはったい粉味というか、美味しいですが、暑い中ずーっと歩いて口の中がニッチャリしている時に飲み物ヌキで口に入れたので、口の中の水分全部もってかれまして、ちょっと危険でした(あははははは)。濃いお茶と一緒に涼しいお部屋で頂きたいです。
お菓子だけでなくグッズなんかも充実してまして(笑)一通り眺めると、二階に上がる階段が目についた。自由に観てくれってな案内があります、よし、行ってみましょう。

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鳩巣
鳩巣という鳩をあつめたギャラリーがありました♪
入ってすぐに横山隆一さんのフクちゃん〜。ジャワのフクちゃん東亜の空へ!(いつの話や)。確か高知出身横山隆一さんはこちら鎌倉に住んで活躍された漫画家で、私もよく読みました。最近(というか80年代)にリメイクされてアニメテレビ放映されたそうで若い人にも認知されているらしいです。とはいえ、その80年代フクちゃんのほうは私は観た事がないんですが(あはははは)。

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昭和16年まで使われていた鳩サブレーの缶
おおくの人に鳩サブレーではなくて鳩三郎(サブロー)だと思われていたらしい(笑)。そんだけサブレーという食べ物の認知度が低かったんでしょうねぇ。ていうか、サブレーが知られていなかった頃からこんなお菓子が発売されていたという、さすが黒船がやってきたご当地ですねぇ。

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鳩のお参り
世界各国の鳩の置物やオブジェ、鳩をモチーフにした陶器や芸術作品などを展示していまして、
結構鳩が好きな私にはストライクなギャラリーでした♪楽しかった。
もー、いつまでたってもなんにも口に入りません、しゃべって見るばっかり(笑)

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お店を出まして、店に向かって左手に
豊島屋茶寮八十小路(はとこうじ)と書かれた甲板から鳩サブレビルの脇道を入ります。

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豊島屋のプライベート稲荷があった。
プライベート八幡ではない。
鶴岡八幡宮の傍なので、鳩やったんやねぇ、、とこの日初めて鳩サブレーの鳩について考えたのだった(あはははは)。稲荷の横を通って、裏口から出て(笑)細いアリーの向い側に八十小路はあります。美しい甘味屋で入るとすぐに席に案内してもらえました、ラッキータイミング。店内オバはんでみっしり。かくいう私も立派なおばはんなので、さらにおばはん密度をあげてます。

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あんみつ食べました。
いや、あんみつとちゃうわ、、みつ豆やったと思う。あんみつって、餡子はいってるやつよね???ともかく、寒天と豆はいったやつ、結構好きなんですが、食べるのは多分30年以上ぶりです。白蜜と黒蜜どちらか選べますんで、迷わず黒蜜にしました。鳩がはいっていて目にもうれしい♪も〜〜ねぇ、ものすごーく爽やかで上品な甘さ♪ちべたくって生き返るぅぅ。いやもう、インド人が食べたら砂糖入ってないっていいますわ(笑)
やっぱりババアになって食うてもこの豆の意味はイマイチわからん。ちょっとゴリゴリしすぎていて食わんことはないが、、なんなんら?という感じ。蒸かして柔らかくした黒豆とかだったら美味しいのに、この堅さがビミョーにうざいです。ともかく、やっぱり豆について疑問を感じながらも大変美味しくよばれました。納涼。
楽しくおしゃべりして甘味チャージして元気になりました。すこし日もかげってきたことですし(早よなったね)、もうすこし時間があるので北鎌倉に足を伸ばして夕暮れ時にアレを見たい。ガイドブックもなにもないですが、見つけることができるのか?!
つづきます!
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東海道中膝電車スキマ旅7

ボーンカレー

Posted by jube on   10 

さて、神奈川宿ストーリー続いていますが、ここでちょっとブレイク

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Jason Bourne(ジェイソン・ボーン)ポール・グリーングラス監督作品、原作ロバート・ラドラム。ジェイソンボーン/マット・デイモン。ボーンシリーズ第5作目、ボーン主役は4作目。この前作品全て観ていてこそおもろい映画なので、本作が初めて見るボーンシリーズだったらかなりイケません。コレから観てしまうとただ長ったらしいだだっ子みたいな歳食って老いさらばえた殺し屋ばっかり出てくる哀愁ただよう映画で途中で寝てしまうかもしれない(あははは)。ともかく今まで積み重ねて来た知性あふれるエスピオナージ戦はどこへいったんか?もー、ハリウッド的廃車の山を築く泥仕合。ボーンもスプレマシーの時ほどの強さが感じられず、なんかメンタルだけは青年時代に逆戻り弱々しいったらありゃしない(涙)。エンドロールのだささときたら、久々に身体から魂魄抜けました(笑)。ヴィランのデューイCIA長官が、トミーリージョーンズが上手すぎてイヤラしいのなんのって、早よ死ねと思わせるすばらしさ(笑)。それはそうとソーシャルメディア会社創立者役ででていたラッパーのリズ・アハメッド(ローグワンにも出るらしいが)、ナイトクローラー(ジェイクギレンホール主演)に出ていた時に気になってたんですが、なかなかにええ俳優になってきてますねぇ。それにThe Man from U.N.C.L.Eでハートを鷲掴みにしてくれたアリシア・ヴィカンダル、相変わらず大変可愛かったです。ボーンの親爺役はグレッグ・ヘンリー♪ま、2時間は長過ぎるし無駄なシークエンスが多すぎるが、スパイ/スリラー映画ではなくてアクション映画だと思えば面白かったです。ま、ボーンシリーズもお祭りモノってことで(あははは)。
最初のほうでデューイとカルーアがDCで会うシーン、あれはキャピタルグリルやねぇ、国会議事堂の近くにある店やなぁ、、肉食いたい、、と思いました(笑)。

Jesus Christ, that's Jason Bourne!

めちゃめちゃ台詞少ない映画やった、、、

話はかわって、、
先日、北海道で買うてきました、
ソラチの札幌スープカレーの素、食べました。

じゅべのほどらいクッキング〜〜〜、どんどんぱふぱふ〜

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こちらがソラチのスープカレーの素です。
カレー味のスープは良く作りますが、私が普段作る時には普通のカレー粉、ジャワカレーとかバーモントカレーとかコクマロカレーとか其の時に一番安いやつとか、バーゲンになってるやつとかで(笑)。1人前1カケぐらい、残りは軽く割った上でジップロックに入れて冷凍庫に入れときます、多分長持します(1年以上置いておいたことがないのでどれぐらい持つのかは不明)。

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今回用意したのは鶏胸肉、塩胡椒ショウガパウダー
保温ポットで調理します。

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それと煮物汁ものに便利和野菜ミックス
別に洋野菜ミックスでもなんでもいいんですが、たまたま冷凍庫にコレしかなかったんで(笑)。
カレースープによく使うのは冷凍コイモです。

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鶏胸はフォークでぶすぶすさして塩胡椒をする。
んでもって、鍋に適当に水を入れてムネニクも入れて沸騰させる。
ちなみに普段カレールーを使う時はその日の気分で、コンソメかホンダシか中華味か麺つゆか昆布出汁か(麺つゆ以外は全部パウダー、笑)そのうちどれかを投入します。ま、2種類以上入れてコンボとかもたまにしますが(笑)。
沸騰したら、テルモスに入れて(保温ポット)30分放置。
ちなみにテルモスを使わない場合は2、3分中火でグラグラ煮て、蓋をして30分ほどコンロの上で放置する。

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保温ポットを使うと恐ろしくジューシーでフワフワ、柔らか〜〜いお肉に仕上がりますんですわ。
ちなみに新鮮で安心な国産のええ胸肉が手に入った場合は全く鍋を使わずに、生のまま胸肉をポットにいれて熱いお湯を注いで2時間弱でもオイシいのができます。もー、そんな良いお肉の場合は千切り食いとか(爆)、金山寺味噌/しょうゆの実ぃのっけて食うたりとかねぇ(涎)。

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深いお皿に冷凍野菜ミックスを入れて、鶏胸を調理した汁を投入
電子レンジでチーン(ぶっ)なんとなく寂しかったんで、ミクベジも投入してみました。
チンしたら、ほどらいに切ったトリムネとスープカレーの素を投入!

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コキ混ぜて終了です(あははは)。
写真、ちゃんと混ぜてない状態で撮ってしまったのでなんか薄そう(爆)
ご飯をひたしたりして食いました。
お上品なお味でして、普通に美味しかったです。

が、、私の好みではゴールデンカレーが一番好きかも(ぶっ)
もっとめんどくさいときは、レトルトカレーを白湯で水増ししてスープとする事もあり(笑)。
サポイチ塩にレトルトカレー投入(スープは半分ほど飲んでおくのがポイント)もやります。美味いです。
飯を入れずにカレー汁で食う事が多いし、パンをひたしたり、クラッカーやビスケットを浸すことも多い。ちゅうことで、確かにサポ的新名物のスープカレーは具がウリなんかもしれんが、、私的にはさしてめずらしげでもない食べ物なので、「わ〜」とか「きゃ〜」ではなかったということで、あいすまんこってす。
ちゅうことで、スープカレーは自宅の味が一番(ぶっ)。
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壁に懸ける信心

Posted by jube on   6 

神奈川宿紀行第六話
御霊神社から歩きまして、江の電長谷駅をすぎると突然観光客だらけになって驚きます。
みなさん大仏を目指して歩いているようです。狭い道の両側にお土産物屋があって、大仏をモチーフにしたお菓子やグッズなどが目につきます。が、今日は大仏まで行かずに長谷寺へ
長谷寺というと関西人の私には奈良は桜井市初瀬にある真言宗豊山派総本山、花で有名な長谷寺をまず思い浮かべます。そういえば奈良の長谷寺のご本尊も十一面観音ですねぇ。そんな事をしゃべっていると到着、

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見た事がない紋です。一瞬Bullseyeかと思いましたが、よくみると卍に円、おしゃれなな(笑)聞く所によると戦後に考案されたオリジナル創作紋だとか。ともかく、こちら”長谷観音”さんと呼ばれているだけあって、古い観音信仰のお寺です。無宗派というと京都の平等院(10円玉とか一万円札のあの鳳凰堂の)や信州の善光寺さんなどがすぐに思い浮かびますが、こちらも江戸以前は無宗の純粋な信仰の寺だったようです。どこの単立寺院もにたようなもので天台か浄土宗系に取り込まれる時期があったりして、鎌倉長谷寺も徳川家康公が普請した際に浄土宗に組み入れられたようですが、大東亜戦争後に浄土宗から独立、浄土宗系ながら単立寺院に戻ったそうです。

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お目当てはこちら、カワイイほとけさま展覧会(会場内撮影禁止)
それと観音ミュージアムです。なんといいますか、、仏教寺院というよりも仏教テーマパークというか(滝汗)、信心ゼロでもまったくもって気分良くサイトシーングできる境内となっております。
特別展のほうも円空仏や棟方志功の菩薩図をはじめおもしろい展示で満足しました。
それと観音ミュージアムの6面ある十一面観音懸仏はかなりツボで非常に興味深かったです。ほかにも十一面観音菩薩立像、三十三応現身像や長谷寺縁起絵巻など、ただ展示方法がかなり斬新すぎて、仏教寺院的とは思えないというか、、さらにミュージアム、というだけあって、ミュージアムショップには観音さまTシャツだとか(笑)、クリアファイルにポストカード(あはは)、お数珠ブレスレットだとか、若者向け仏教グッズがたくさん販売されていました。十一面観音懸仏のミニチュアレプリカとかあったら欲しかったのに(笑)。さらに境内にはショップとカフェ、それに椅子席アリのだれでもすぐに参加体験できる写仏&写経場もありまして、仏教の存続に新しいカタチを感じたわけです。

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境内にも”カワイイ”仏様たちがあちこちで観られます。
私が”カワイイ”と言っているのではなくて、長谷寺が”カワイイほとけさま”として売り出しているようで、あちこち看板にもカワイイという文字が見えます。

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卍の形状につくられた卍池
ビジュアル的にも工夫が凝らされている。

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境内(園内って書きそうになったし、笑)ヒガンバナが美しくさいていました。赤が多かったんですが、ちらほらと白いヒガンバナも咲いていました。秋ですねぇ、暑くてうだってましたが(笑)

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かなり”繁盛”しているお寺さんかと感じました。
お寺とかちょっと、、という若者にも楽しい観光デステネーションかと思います。
長谷〜由比ヶ浜にはまだまだ気になる場所がたくさんありますが、時間がないので割愛。

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なんとなく豆屋が目立つ、、
それに関東の人って豆菓子が好き、というイメージです。
というのも、やたらと豆菓子屋さんが多い。あと、佃煮屋と。
さて、まだ満足に昼飯も食うてないのですが暑さでちょっと食欲減退、水っけばっかり欲しい状態(笑)。とりあえず、江の電に戻って鎌倉駅終点へ向かいます。

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江の電車内、弁慶キャラのステッカーが貼ってあった。
ほんまかどうかはさておき、武蔵坊弁慶は和歌山県田辺市出身だと言われていまして、ワカヤマン的にはかなりご当地有名人であります。五条大橋で出会って以来源義経の郎党として最後まで仕えたと言われている武者僧。極楽寺駅で降りる前に通った”腰越”の腰越状の話は誰でも一度は聞いた事があると思う、壇ノ浦で平家を殲滅した義経が頼朝の許可なく京で官位をもらったなど諸般の理由により鎌倉入りを拒絶される。んで、腰越で義経は弁慶に長ったらしい書状を書かせると、なんといいますか人気高い義経なんで悪いことはいえませんが、政治が出来ん男というか、正道とか王道から外れているというか、。鵯越の逆落としに代表されるようなゲリラ戦法をよくし、中学時代に教科書にでてきた平家物語、屋島の戦いでの「扇の的」は酷い話です。近代戦争ならともかく、雅な時代に武装解除状態小休止の扇の的の”お遊び”中、那須与一が見事に的を射抜いた技に敵ながら天晴と平家の武者が舞を踊ったんですわ。でその踊っている最中に(戦闘状態ではない非武装状態)その舞を披露している武者射殺命令をだした義経、そりゃ戦闘時に踊ってるほうが悪いと現代人感覚では思うんかもしれんが(確かに中学校の国語の先生には踊る方が悪いと教え込まれた)、”いくさ”ていうてもルールとかガイドラインとか、武士道とか、それこそ人の道ってあるやん、と私は思ったわけで。ともかく義経が出した殺命令をうけたスナイパー与一、難なく成功射殺させる。まったくもって雅の心がないウォーマシーン、しかも容赦なくその後壇ノ浦では神器をもった8歳の安徳天皇陛下まで死に追いやるという、、私の関西人としての感覚でいうとちょっとナニなんで、、奢れるものも久しからずや、というのは平家のことだけちゃうよ、と、話はとことんズレましたが、由比ヶ浜を通過しながら源氏の盛衰を思ったんでした。
 由比ヶ浜というと由比ヶ浜南遺跡、数千体の人骨が見つかった集積埋葬所の遺構がすぐに頭に浮かびます。そして、北条政子が静御前(義経の妾)が産んだ義経の子を殺して捨てたと言われているところですねぇ。祟らないでください、と密かに心の内で手を合わす。

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なかなかイキなオバさん(多分おばさん、おじさんかもしれない、わかりづらい)
クッキリ黄色の笑瓶さんのようなメガネにポパイ柄のアロハ
江の電、かなり混んでたんで立ってしゃべっていたんですが、
ふと、のんちゃんの背が低いのが気になった。お互いぺったんこな靴を履いていましたが、のんちゃんの頭のテッペンが見えてしまう、、ナゼだ?中学時代からの友人ですが、たしかのんちゃんとは同じぐらいの背丈だったように思うんだが、、と、のんちゃんに言うたら。確かに中学時代は同じ背丈だったそうです。私、背の順で中程の150センチぐらいだったと記憶しています。良く考えたら中学校卒業してから背が伸びはじめ、23歳ぐらいまで背が伸び続けたんでした(あははは)が、実体型がでかくなっても気分が中学生の時のまま、三つ子の魂百まで(ちがうか、笑)、自分が小さい気分でいたようです。犬かっ(爆)。ていうか、すっかりこの背丈比率になってからも会っているんですが、こんだけ密接してじーっと立ってしゃべったことって無かったんで(言い訳にもほどがあるぞ)。当時、同じクラスには”まゆちゃん”という背の高い女の子も居ていつも見上げてしゃべっていたんですが、のんちゃん曰く、私は彼女の背も追い抜いているそうです(ほえ〜〜、なんとなく想像できない、笑)。
 
鎌倉駅につきました。なんか食べましょう!
つづく
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東海道中膝電車スキマ旅6

御霊社鳴動す

Posted by jube on   12 

神奈川宿紀行第五話
江の電にゆられ御霊神社を目指します

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極楽寺で下車
鎌倉、というとやっぱり外せないのが”切通し”
鎌倉七口と江戸時代に呼ばれるようになったという、三方を山に囲まれた鎌倉を陸路で入るときに通る入り口
極楽寺切通、由比ヶ浜〜七里ヶ浜
大仏切通、長谷〜深沢
化粧坂(けわいざか)切通、梅ヶ谷〜葛原ヶ岡
亀ヶ谷坂切通、山ノ内〜扇ガ谷
巨福呂坂(こぶくろさか)切通、雪ノ下〜山ノ内
朝夷奈切通、十二所(じゅうにそ)〜金沢
名越切通、大町〜逗子
陸路はこの切通し以外に鎌倉に至る道はなかったそうです。
ちゃんとした滑らない靴が要るような本気の切通しは今回時間と装備により諦めました。今でこそ簡単に鎌倉内に入れるようになりましたが、交通網が整備されるまでは装備がなければ入れないようなところだったんだなぁ、と色々考えます。それに切通は話が長くなるのでまたいつかゆっくり歩いた時に歩きながら考察したいです。が、しかし、1つぐらいは通りたい。
ということで、いまではなんちゃって切通しになってしまっている極楽寺坂切通しを通ります。

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すっかり鎌倉時代当時の面影もない車通行可の舗装された”いい”道路です。
良い道になっている現在ですら2車線カツカツな道路なので聯隊移動は困難でしょう。況や鎌倉時代をや。
私、気分よく歩いていますが見通しが悪く、歩道もビミョーなのでボヤボヤウロウロ見学していると危険です。
こんなところに上杉憲方の墓、墓?!と思ったら小さい字で”この奥”と書かれている、、
なんかたまに軽トラ販売でやってくる、物干竿500円カラの「カラ」を連想してしまった。この右手の民家のワキの獣道のような「ここ人んちとちゃうん?」な所を入って行くと七層の塔があるらしい、ま、御霊神社へ行くまでに体力を奪われてもナニなので割愛。

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脇道もこんな感じ
まさに「切」って「通し」ています。

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鎌倉十井のひとつ 星月夜の井
星の井、星月の井とも呼ばれていて、井戸の中に昼間も星の影が見えたのでこの名がついたといわれている、と看板に書かれていました。この星月夜の水は昭和初期まで旅人に飲料水として売られていたそうです。美味しかったので売れたとか、ご利益があるから売れた、、ちゅうのもあると思いますが、常識的に考えて前述の稲村ヶ崎の話だとか、鉄分含有量が多く川水も赤く濁っていいたそうですから、そんな史実から鑑みて飲める水が少ないから飲料水が売れたんやと思いますねぇ。私なんぞは水道の蛇口から出てくる水や小川の水が飲めるような場所で「水」を買おうとは思わないですもん。水道の水が飲めないから飲料用の水を買うわけで、。氷水だとか今で言うグルメ水とかそういうのは別ですが、普通の井戸水ですし。ま、最近ではオシャレな水とか余所の国の水とか瓶やペットボトル入りの”水”時代なのでピンと来ないかもしれないですが、昭和の水資源にあふれた和歌山人の私には、水がお金になるという場所はかなり人間が生きるのに努力がいるところやと思います。ま、そんなことをおしゃべりしながら星の井の前を通り過ぎるとすぐに”五霊社”の道しるべが見えました。
道しるべの前には〜

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一緒に案内してくれております、友”のんちゃん”おすすめの老舗和菓子屋。
鎌倉名物夫婦饅頭 老舗力餅家
こちらの力持ちはものすごく有名なんですが、のんちゃんおすすめは”福面まん頭”
私の大好きな道成寺つりがねまんじゅう(和歌山です)に似たタイプの饅頭だとか、道々歩きながら話を聞いて涎わきまくり。しかも、御霊神社で面の饅頭となると必須アイテムだ!と、お参りする前にまず先にゲットしておこうと寄りました。

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なんと、福面まんじゅうは最後の1個でした!!ラッキーしまうまケツちゃいろ。
のんちゃんはまたいつでも買えるから、と譲ってくれまして私が食べました。
それと、もちろん有名な権五郎力餅、それに源氏山などもゲット♪
全部美味しかったですが、やっぱり福面まん頭と力餅、賞味期限が”その日のうち”なのでホテルか移動中にて食べるお土産となりますんで、箱買いできないのが寂しいですが(笑)、一個から買えるのが嬉しいですわ。どちらも必食です!
もっとたくさん食べたかった〜、次に機会があれば先ず御霊社からお参りスタートしようと思いました。春には力餅はよもぎ餅となるそうで、、そちらも垂涎ですねぇ。
私も激烈にお勧めいたします。

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罰当たりにもさきに饅頭を拝んでから権五郎さまにご挨拶に、、
平日の昼間とはいえ、ものすごく静かです。
なんとなくもっと観光客がわさわさ居りそうな想像をしていたのですが、、

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なんと鳥居の真ん前に江の電がブッ通っておりまして魂消げました。
力餅家の前にある道しるべにも書かれているように、もとは五霊、関東平氏五家の始祖(鎌倉氏・梶原氏・村岡氏・長尾氏・大庭氏)5氏の霊を祀った神社だったそうです。いつのまにか鎌倉権五郎景政の一柱のみに祭神は淘汰されて、五霊から御霊神社と呼ばれるようになった、と書かれていました、が、経緯はともかく御霊とつくからにはやはり祟り神でしょう(御霊信仰)ねぇ、そして祭神の名から権五郎神社と呼ばれているそうです。鎌倉権五郎景正、というと有名なのが16歳頃の後三年の役に源義家側で出陣、右目を射られながらも奮闘した逸話が「奥州後三年記」で読む事が出来ます。右目に矢がささったまま生還したという話。問題はこの生還したときに、一人の武士(偉くも有名でもない一武士)が権五郎の顔を履物はいたままの土足で踏んで矢をひっこぬこうとして、権五郎が激怒した、って話がものすごく心に残っています。咄嗟の時でも普通人の顔に土足はかけへんわな、誰かに手で抑えてもらうとかせめて膝で抑えるわな、足はないわ、、。鎌倉党、靴足で踏むのに躊躇がない程度に人扱いされてなかったんだろうと思います。被差別民の歴史を感じるエピソードです。

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よくお祈りしました。
祟らないでください。

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こちらの御霊神社は面掛行列(めんかけぎょうれつ)で有名ですねぇ。9月のお彼岸の頃(終わって間なしで観られず残念)、所謂霊たちの”命日”の頃に御輿渡御の際に執り行われるそうです。非人の面を掛けた行列が町内を練り歩くんですが、私はビデオでしかみたことがないですが、はっきりいってものすんごく威圧感のある行列です。怖いです。こちらの宝物蔵で面を拝見することができました(撮影禁止)。行列順序は、爺、鬼、異形、鼻長、烏天狗、翁(寿老人)、火吹男(ひょっとこ)、福禄(福禄寿/布袋とも言われている)、阿亀(おかめ)、女(とりあげ/助産婦さんのような女性)、そして猿田彦の面を被った人達が妊婦の阿亀を中心にウロウロと歩いていきます。動きがまさにメンチ切って歩くヤーさんズ的な、、。表向きは豊作豊漁を祈る行事だといわれているようですが、こちらの伝説によりますと、この阿亀は頼朝が孕ませた穢多頭(当時の被差別民)矢野弾左衛門の娘、菜摘御前とも言われているそうです。そんな地元のゴットファーザーの娘を孕ませといて、身重になって夜の相手ができんなら用はないわ(ミもフタもないですが、南北戦争以前のコロニーでの女性奴隷の扱いを連想してしまいます、あんな感じが近いのではなかったか、、)とばかりに好色頼朝は足が遠のくわけですわ、、そりゃ御霊社も鳴動するわけです。吾妻鏡に書かれているまんま、宝物殿ぶち壊されるような暴動おこされたんやとおもいます。当時の頼朝というと北条の政治力と地元非人組織鉄組合の金とヒューマンリソースなどで成り立ってるようなもんですから(私見解)。でまぁ、”忘れんなよ!わしら怒ったら怖いねんぞ”という怨念をこの面に感じてねぇ、怖かったです。
 『吾妻鏡』ではこの後、暴動おこされて宝物殿壊された頼朝のほうが平謝りで”貢ぎ物”をするわけですが、その貢ぎ物がちょっとショボイことに藍摺の反物2反ぽっち、、そりゃまぁ、あかんとおもうんですが、、やっぱりそんなケチでウーマナイザーな頼朝さん、稲村ヶ崎(鎌倉党本拠地)にて”落馬”して死ぬわけですわ、、。平家も奥州藤原氏も滅亡、後白河法皇も薨し範頼も殺されているとなると、頼朝の存在価値もないですし、そんなときにそんな不義理なスキャンダルとかもう、ダメダメですわなぁ。ま、ダークな感じです。

境内には大きなすばらしいタブの木をはじめリッチで他種な木々
それにオオルリ、キビタキ、シジュウカラ、エナガ、メジロなどがわちゃわちゃ騒いでいました。楽しい、、。
ふと気配を感じて振り向くと

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イチョウの木の下にみっしりと女性がかたまっているのに気付き
ギョっとしました。
写生をしていたようです。
面掛行列の事を考えていたところで、かなり怖かったです(あははは)。
祟らないでください(祈)

御霊神社に参詣できて大大満足でした、もうここで燃え尽きたといっても過言ではない(笑)。
あとはゆっくりスローダウンさせることにして、こちらの御霊神社北側にある長谷寺に向かいます。そのまま北に薮をあるけば隣りなんですが、そういうわけにもいかないので一度普通の人が歩く道にもどってグルーリと回ります。なんか長谷寺でとっても可愛い特別展覧会が開催中だそうで、楽しみです〜〜。

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