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きのふはけふのストーリー

Beautiful things don't ask for attention.

ヨコハマ道中・駅食い篇

Posted by jube on   10 

神奈川宿紀行第十六話
旅、それは暴飲暴食(ぎゃはは)
もちろんいつもよりよく動いているというのはありますが、その動いた分をさっぴいても全く割りに合わないほど食べてしまいます。今回の旅の発見

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なんと横浜駅に北海道どさんこ市場なるお店がありまして、
そこでオランダ煎餅を発見しました!!!!
買い占めてきました、恥ずかしながら爆買(ぶっ、反省しております)
そしてもう、食べ尽くしてしまった、、、(どんなんやねん)
一日一袋ペースで食ってしもた、、。
みなとみらい線にのりかえるときに伊勢丹クイーンズとかいうスーパーマーケットが目に入り、そこでたまたま”どさんこ”という言葉に反応して覗いたのが発見につながりました(勝利インタビューかっ)。
PSミルクカステーラも売っていて、もちろん買い食いしました。やっぱり好きな味です(笑)。

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ヨコハマ

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横浜駅はかなり危険
またもや夜食を買ってしまった、、、
しかもビール付きで(あははは)

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24個入り、昔ながらのシウマイ
12個にしときゃよかったかも、深夜ネット作業しながら摘んでたらしらんまに完食
もちろん夕食はちゃんと食ってます(あかんやーん)
特製シウマイと昔シウマイとどっちも美味いので、個人的な希望を言わせていただくと、特製6個と昔12個のセットがあると嬉しいねぇ(笑)。崎陽軒はシウマイ弁当とかもあるけど、私は純粋にシウマイだけで腹をふくらませたい派です。

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しかも相鉄ジョイナス、、つい〆ラーメンか、、
中国屋台料理の大龍にて、広東麺
日本語がかなり怪しい店員さんたちのイチオシがこちらだそうだ(笑)
ヨコハマというとサンマーメン(日式中華)だが、多分サンマー麺のモトになったのがこの広東麺なんか、と思うねぇ。王将でも冬の名物サンマーメンがはじまっていますが、日本のサンマーメンとの大きな違いは多分醤油やと思います。中国醤油て日本の醤油と全く味が違うのでそこらへんで全く違う味になるかと思う。ただ、見た目は同じ。
こちらの広東麺、美味しかったです。ウズラの卵がはいっているだけで私の評価はかなり上がりぎみになります、なんなんやろうねぇウズラ卵のもたらす幸福感(笑)。ギョーザも美味かったです♪
あんまり暑い時に食うもんではないですが(笑)冷房の効いた部屋で食う広東麺はアプリーシエイトやねぇ。冬に暖房のクソ効いた店内で食うよりもずっと美味いと思います。

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江ノ電
江ノ島電鉄株式会社、駅を降りると二頭身のいんげはん着ぐるみがなにか活動をしていた。こちらのいんげはん(お坊様)はさして何ものとも融合/キメイラ化していない様子だった。ただし、数珠はピンク。和歌山のこうやくんもたいがいなんで余所の事は言えんが(笑)。ていうか、普通に坊さんが立ってたらあかんのんか?と思わんでも無い。頭髪を螺髪にしてみればどうかと思うが、もしかしたら高徳院とは関係の無いお寺のキャラクターなので螺髪はNGなのか。

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こういうものには必ずといっていいほど何か着せたりかぶしたりしている、、
一番最初に見たのはもう何年も何年も前、出雲大社の近くの商店街、、あそこでも可愛い編みベベを着せてもらってましたわ。地蔵はええ、地蔵菩薩は別によだれかけとか笠をかぶしてもいいが、その他銅像やデコレーション、特に芸術彫刻作品に着せものは、、なんというか、、ナニですねぇ。キューピー服作り世代の仕業か、はたまた地蔵信仰の越権増殖か。ミケランジェロのダビテ像が駅前に置かれたら絶対編みパンツですわ(あははははは)。編パンツによだれかけにちゃんちゃんこ、そして頭巾を着用したダビテ、、、喜寿かっ(あはは)。
こちらの車止めはサンポールのアーチシリーズ、ピコリーノという製品。なんと、「ピコリーノができるまで」というページがあって、江の電江ノ島駅のコスプレスズメのことも書かれていた、そのスジでは有名だったのか、、。しかもカワセミバージョンも。ちょいといいかんじ。

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こちら江の電の江ノ島駅エリア銀鍋さん
結局江ノ島界隈では生しらすにはありつけず
釜揚げしらすは食いました。

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湘南銀鍋
ここの大将がものすんごいおもろい人でもっそい盛り上がりました。
魚拓を眺めているだけで血ぃ沸きます(笑)

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天丼も食べました。エビがむちむちプリプリ
やっぱり天丼はエビが命やねぇ(あははははは)。

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新橋鶏繁の東京駅にある支店 どんぶり子
つい、ドン・ぶり子と発音してしまいますが(笑)
粗挽きそぼろ丼、ま、安定の味です。美味いです。

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炭焼きびっくり きじ丼
こっちも食いました。どっちも美味かったです。で、後で知りましたが、そぼろ丼ときじ丼が半分半分のった”わがまま二色丼”というのも有りました。次からはソレにしようと思います。八重洲北口の改札を出てすぐのキッチンストリートにあります。非グルメでズボラな私には駅構内飲食店街は非常に有り難いです(笑)。

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悲しかったのは横浜美術館
私が滞在中、ドンピシャで入れ替えで閉館中だった。チーン。

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メトロガイドになにげに目を通したら、
和歌山観光特集だった。実はヨコハマではなくてワカヤマに行く予定だったこの週、、直前ドタ変更でした。まぁ、全くホームシックとか無い性質なんですが、最近は歳の所為か、和歌山とか関西全体が恋しくなることがあります。文化が恋しいというか、妙に近いからかもしれない。以前は全くもって諦めてたけどねぇ(あはははは)。

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江ノ電の車内で乗り合わせた高校生5人と引率の先生らしき人物。向いに生徒達、私のま隣りに先生らしき女性が座っていた。そして、ものすんごい関西弁で、しかも和歌山紀北/橋本界隈に近いような気がしたので、ちょっと話しかけてみましたら、奈良からの修学旅行でした。そりゃ似た言葉だわ(笑)。和歌山の公立高校というと熊本に行くんですが、奈良では鎌倉なんですか?というような話になって、実は奈良も熊本が定番らしいのですが、残念な事に熊本地震の為に急遽行き先変更になったそうです。残念だとおっしゃっていました。復興してまたたくさんの和歌山や奈良の高校生の修学旅行生が行けますように。

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ブルーライトヨコハマ

Posted by jube on   8 

神奈川宿紀行第十五話

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街の灯が〜とても奇麗ねヨコハマ〜
ブルーライトヨコ〜〜〜はまぁ〜〜〜 
ブルーライトヨコハマ←youtubeいしだあゆみ、めちゃくちゃ可愛いけど瞬きしてないぞ。全く関係ないけど、この前メガネを新調したときに、ブルーライトカットのレンズってのを勧められたが、コンピューターは結構使うが、スマーホてあんまり見ぃひんからねぇ、ま、いらんわーって断ったけど、ほんまにブルーライトって目に悪いんか?実際どうなんやろねぇ、ひと昔前、出始めのLSDライトバルブはブルーライトだけでなくパープル、紫外線も出てて日焼けしたとか火ぶくれおこしたってニュースがあったけど、、。さすがに最近聞かんしねぇ、そんなん。
さて、
第14話で上海小龍包の鵬天閣の前にさしかかった、ちゅうところです。
昔、台湾でアツアツスープの蒸した小龍包を食った時はほんとに美味いと驚いたもんですが、
母曰く、鼎泰豐(大阪)も味が落ちてあんまり美味しないわ、と残念情報が。
ともかく、今は大陸系焼き小龍包がアツイらしい。

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これこれ〜〜
めっちゃ美味しそう、、。
4個からだそうで、2個でええんやけどなぁ、、と思いながらも注文
待ち時間ゼロ!なんか嬉しい(笑)。

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豚2と海鮮2の4個
しつこく、熱いから一口で食うなと釘を刺される。
見た目から粗忽者だと思われたか、、、あはは。
もしくは猫舌顔とか(どんな顔や)
お箸と別トレーに黒酢を入れて、窓口脇にある立ち食いコーナーへ

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カウンターにもしつこく
”絶対に一口で食べないでください”と書かれている。
ふむふむ、先っちょを破ってスープを飲んでから食えと。
別に食うてしまうと、スープとギョウザ、、みたいな味になるんとちゃうん?
箸で掴んで持ち上げてみると、結構ズッシリしている。同じサイズの肉シュウマイよりも重い。皮が重いというのもありそう、底はいい感じに焦げ目がついていてカリっとしている、お焼き風というか、、。ボーっとしてたら、そのままパクっと口にいれてしまいそうなサイズではありますねぇ、、、。
とか思いながらトレーにもどして、まず海鮮のほうの先っちょを破って、サニーサイドアップの半熟目玉焼きをチューする感じで、口をつけたらば、

ガアアアア熱ッ!!!!(;゚;ε;゚;; )


もー、唇に火ぶくれできるかと思いました。めちゃくちゃ熱い、熱すぎる。これ、ちょっと寒い日やったら湯気がモウモウとでて熱そう感あるかとおもうんですが、なんせ暑い日だったので小龍包もしれっとしてたんで油断しましたわ。

無理っ

とりあえず、4つとも上部開放穴をあけた状態にして、扇子であおぐ。

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冷めるのを待ちながら、窓から店内を眺める。
シェフや調理人の体格がいいと、無条件にここの料理は美味そうだ、、と感じる。
ガリガリの中華シェフ、イタリアンシェフ、コロッケ作ってる肉屋というのはなぜまずそうなんやろねぇ、なんというか、お前味見してないやろ!!みたいなねぇ。根拠まったくないただの主観ですが(ぎゃはは)でも、食べもん屋てイメージ大事ですよねぇ。大規模チェーン中華そばの幸◯苑の某支店で最近親指(爪つき)はいってたという報道を見ました。チャーシュー切ってるときに指切った従業員が居ったらしいんですが、中華そば食ってる器から爪付き指が出てくるリアルな想像が止まらず、あの黄色い看板みただけで幸◯ラーメン指ラーメン(サッポロラーメン味噌ラーメンのリズムで)て、歌ってしまいます。小学生かっ。
ま、そげなくだらない事を考えて、、
ほどよくぬるまったところで、再度スープチャレンジして食いました。
いやまぁ、結構美味かったですが、、アツアツをハフハフではないのがなんとなくなんやねん的なね。やっぱり厚皮ギョウザとスープ、って気がしますねぇ、別々に食わなあかんほど熱いっていうのはナニやな。それに、個人的にはビロビロした薄〜〜〜い皮の小龍包のほうが好きやねぇ。まぁ一番好きなんは腸粉(チョンファン)やけど。ざっくり点心やってる店のメニューも覗いてみたけど、結構腸粉がないんよね。横浜中華街は大陸系部族の方がおおいらしいの点心の種類も違うんやろかね。

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わー、ごっつい大きなフカヒレー
ああ、やきそば食べずにフカヒレにしたらよかった(笑)
ていうか、ほんまに食べ放題が多いねぇ。ほとんどの店が食べ放題やってるんとちゃうかな。
なかなか点心で一人2000円とかありーひんし(そんだけも食わへん)。
結構ボロ儲けか。

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ああ、中国粥もすきなんよね、、
粥にすりゃよかったかも(もーどないすんねん)。

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あ、崎陽軒発見。
なんとヒョウチャングッズがありました(あはははは)。ぬいぐるみとか小皿とかマグとか。シウマイについているヒョウちゃんからちょっと遠くてかわいくない、、。変にアレンジせずにリアルにヒョウちゃんを再現したグッズのほうが売れると思うんだが、どうだろう。
ちょっとだけ迷ったが、特製シウマイ(粒おっきい方)を買った。ビールはホテルの傍のコンビニで横浜ビールを買おう。

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中華街を出て、地下鉄の駅に行こうとして時計をみると、
こんなに暗いがまだ時間あるということが判明。
ほなまぁ、ちょっと海の写真でも、、と撮ったのが一番最初のブルーライトヨコーハマーの写真(笑)。

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かもめの水兵さん
昭和8年、”かもめの水兵さん”作詞者武内俊子さんはこのメリケン波止場からハワイへ布教に旅立った叔父さんを見送りに来たときの情景を、この詩にしたそうだ。

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ていうか、、ここって
フランス波止場とちゃうかったっけ???と思ったりもしたが、
ま、フランスでもエゲレスでもメリケンでも良かろうよ。
アベックと犬の散歩の人がおおかったです、山下公園。

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その日の深夜、
ビジネスホテルでこっそり独り、モソモソとシウマイを食う。

ウマーーーー(゚Д゚)

こういう、フツーなものが口に合います(あははは)。
ギルティプレジャーやねぇ(ぐふふふふ)
昔ながらのシウマイ(粒ちいさいほう)も食べたいなぁ、、
もそっと続きます。
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食い過ぎてヨコハマ

Posted by jube on   6 

神奈川宿紀行第十四話
晩飯まで時間があったのでちょっと夕方に寄りました。
追いかけてはないですが、食い過ぎてヨコハマ〜、美味そうなものが〜残した肉まん皮にどの店か見覚えはありませんかぁ〜(←桜田淳子で、笑)

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ヨコハマとえば中華街、中華食いたいです。そういえば、最後に横浜の中華街で飯くったのって、確かアラニス・モリセットの初日本公演の時やから、1996年11月か、、。大阪厚生年金会館でみたんだったかNHKホールでみたんだったか、全く思い出せないが、横浜の中華街でアラニスライブに一緒に行った友達と一緒に食ったという記憶だけはしっかりあるので、そこらへんで時期的に間違いないと思われる。そうでなけりゃなにしに東京横浜に行ったのか思い出せないし(笑)。ともかく、なんと20年前(爆)。そして、飯を食った後、CD屋でジャッキー・チェンの広東語バージョンのアルバムを買った。そしてCD屋のオヤジにハオダシェンツェ〜とかなんとか褒められて、こてこての中国語訛の日本語でジャッキーのマンダリン(中国語)は下手だという講釈をさんざん聞かされたのを覚えている(遠い目、同じアルバムを広東語バージョンとマンダリンバージョン、二つ出ていた)。

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CD屋を探してみたが、、無い。
なんか、、占い屋がものすごく多い。
昔はこんな街ではなかったような記憶があるんだが、、
しかもやたらと若い人の姿が目立つ、中華街は若い子の街になったんか。

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とりあえず、思い出し思い出ししながら
知っている所を歩く。
アメヤ横町のほうが中国っぽいんではなかろうか(笑)。神戸の南京町も長い事行ってないけど、もうちょっとコテコテに中華街だったような気がするなぁ、あっちも結構時代の波に巻かれているんだろうか。
中華街の路地には入るな、試着するなと言われて育った(ぶっ)
父曰く、試着室に入ったら拉致られてアキレス健を切られ、
ホンコンに売り飛ばされると(オイオイ)
なんせ幼かったんで無責任な都市伝説とはその当時は思わず(笑)かなりビビりました。
もちろん、新世界に西成/今宮/萩之茶屋にも行くなと言われたのを思い出します。子供の頃て、他にも行ったらあかんとこ、おおかったです。まだまだ闇があったねぇ。
とはいえ、私ももう売り飛ばすと赤字がでるような賞味期限のキレた婆になり、
父ももう彼岸へ行って久しいので誰も止めない、、
ちゅうことで、路地を覗いてみる(ぎゃはは)

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路地、といっても表通りが見えているレベル
表通りはここから見えているが、表通りからは見えない
既にこのゲットー感ってすごいな、、
空き地が粗大ゴミ放置場になっている。

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これはいわゆるアンコンフォタブル地区の典型的なムード(あはは)。
表でなんとなくブラブラと集まってしゃべっている。もちろん中国語オンリー
ここに入って一緒に喋るというのは無理です(あはははは)
ちなみに中国語はマンダリンと広東語両方で自己紹介(名前の発音が違う)。それと、大変すばらしいお食事をありがとうございます、ぐらいしか言えない(爆)。ちなみに前に台湾人としゃべっているときになにげに、中国語しゃべれるでぇ、とこのフレーズを言うてみたら、めっちゃウケました。しかも台湾語だったらしい(あははははは)。ともかく、、もしぺらぺらに喋れてもこの井戸端会議に闖入するのは無理やな(爆)。

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張り紙も中国語
自転車は中国語で自行車
読むのはあんまり問題ないねぇ、所謂日本的漢文読み一辺倒ですが。学生時代、教授がよく白文をまず中国語読みしたあと、日本語で朗読してくれましたが、、中国語のほうはシリに挟んで聞き流してました(ぎゃははは)。今だったらiPhoneでお手軽にレコーディング&写真とか出来てええねぇ。当時は必至で授業聞いてメモとるんでヘトヘトになりました。

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名前聞いたのに忘れた、、
コロちゃんとか、、そんな感じでラリルレロがついていたような気がする。
メモ書いたのにメモがどっかへ行方不明。メモってすらダメやん。

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さてと、何食べようかな、、なにもかも美味しそう。
気分的にはそこらへんでジャンク的に包子とか小龍包とか、ちょびちょび色々食いたいが。
で、梅蘭の前を通ると、まったく並んでなかったので覗いてみた。
すぐ直ぐ座れるというので、やきそば食べよう。

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梅蘭やきそば
この逆バージョン(焦がし固めたソフト麺の上にあんがかかっているやつ)はたまに中華飯屋でみますが、麺がかぶさってるバージョンて少ないですねぇ。多分見た目がビンボ臭いので普通は豪華な具を全面に押し出すかと思われる。しかし、あんが下なので麺がビロビロにふやけてくるのは避けられると。食うのが遅い人はこちらがいいかも。ていうか、ソフト麺よりもチャオメンのほうが上下逆バージョンにしたら合理的なんではないか、と一人ポソポソとやきそばを食らいながら考えたりして。
従業員さん、全員中国語。日本語はかなり怪しくて、分っているのか分らんフリしてるんかは微妙だが、ややこしことを言うとわかっていないかと感じました。ま、どうでもいいけどねぇ。
とりあえず腹もくちくなったので、地下鉄の駅に行く前に、夜食(ホテルで食う)を買って帰ろうと思う。そうだ、崎陽軒のシュウマイ食いたいなぁ、ヨコハマというと崎陽軒。本店って横浜駅の傍やったわな、とググってみると、どうやら中華街にもあるみたい。そこでええわ、ナビに従って歩く。

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北京ダック食いたいが、独りで食いたいもんでもないし、
半身でも飽きるし(あははははは)。チキンだったら一羽でも食えますが。
いや、数年前は食えてたけど、今はもう無理か、、ウズラだったら一羽かなぁ。
そういえば、ながらく半身揚げ(←ガタB級グルメ)食うてないなぁ、、。
なかなか魅力的なもんが多い

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上海小龍包専門店 鵬天閣
昔は小龍包というと、台湾の蒸したやつが人気でしたが、
今は大陸系焼き小龍包がアツイらしい。日本人、流行にはウルサいです。

誰も並んでないしっ!食いましょう(爆)
さて、どうなるのかっ、鵬天閣まであと8メートル。
つづきましょう(ぶっ)
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土牢の9ヶ月

Posted by jube on   8 

神奈川宿紀行第十三話
鎌倉うろうろしております、第一話でリストアップした行き先も最後の一カ所
鎌倉宮、鶴岡八幡宮御霊神社佐助稲荷神社宇賀福神社江島神社

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鎌倉宮、大塔宮護良親王終焉の地で親王をお祀りしています。
大塔宮護良親王は延慶元年(1308年)後醍醐天皇皇子として誕生、11歳延暦寺入山、20歳で天台座主。元徳3年(1331年)6月、後醍醐天皇鎌倉幕府倒幕の挙兵に立った時に、親王(尊雲法親王)も参加しようとしたが計画初期段階で幕府に漏洩、天皇ハ配流(隠岐)。そこで尊雲法親王は還俗して護良親王と改名し楠木正成らと連携して元弘2年(1332年)11月挙兵、各地の武士に令旨を送り呼応した武士が次々と挙兵。足利尊氏、赤松則村らが六波羅探題を落とし、また新田義貞が鎌倉に攻め込み、鎌倉幕府は北条一族と共に滅び、護良親王が征夷大将軍となる。

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鳥居の前に盃割り舎があって、厄割り石があります。
初穂料100円/1枚 土器の盃に大きく息を吹きかけて、この石に投げて割ることで体の厄を祓うという。いわゆる土器割りです。土器割りについては色々諸説ありますが、単純に石にワレモノをぶつけて割るって、ストレス解消とか気分高揚になりますよねぇ。物語の夫婦喧嘩では嫁がお皿を割るのは定番ですし、世界のあちこちの結婚式でグラスや土器を割ったり、日本の結婚式でも盃を割る地方が多々ありますし、、戦の前に盃割ったりしますねぇ。なんちゅうか、やったるで的なね、ともかく、

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100円納めまして、盃を持つ
おもいっきり息を吸い込みまして、
南無八幡大菩薩願わくば我が煩悩去らせたまえぇぇ(いや、主旨もなにも色々違うし)

(*≧m≦)=3 フウウウウウウウウウウ!

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パキャッ

微妙な割れ具合だこと(滝汗)
でもなんかスッキリした。これ、もっとデッカい皿だったらもっとスッキリするかも(だから主旨が違うってば)。
穢れを落とした美しい気持ちで宮にお参りします。
拝殿にてシッカと祈り、拝観料を納めて本殿裏へ

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元弘3年(1333年)6月23日兵部卿/征夷大将軍となった護良親王、、
翌年の建武元年(1334年)、足利尊氏となって尊大になった高氏と対立、、
10月宮中の歌会に出席した時に、尊氏らの策謀で捕われの御身となる。
そして12月、この土牢に幽閉。

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この暑い日だというのに、この土牢には日が当たらず差し込まず、暗くてとても冷たい、、
こうして土牢を目の前にして護良親王をおもうと、本当に胸がつまります。

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数えで28歳であらせられた親王
こんな狭くて暗くてじめじめした土牢に9ヶ月、、
奥行き4メートル、8畳で床もない、土の牢屋。12月の鎌倉は今よりもっと寒かったと思う。
9ヶ月後、北条時之軍から敗走する足利直義(足利尊氏の同母弟)は、帰りがけの駄賃かのようにどさくさに紛れて家臣淵辺義博に暗殺命令を出す。酷すぎる。確かに幕府を開くのに護良親王は非常に邪魔な人物だったのは確かですが、それでも酷すぎる。
足利ってどうも嫌いなんよねぇ、、。尊氏も外様とはいえもともと北条子飼いで北条高時から一字もらって高氏と名のっていた北条方ヅラして京都へ進軍、で、日和って北条を裏切り後醍醐天皇についてエエとこどりして、後醍醐天皇尊治から一字もらって尊氏となっているのに、今度は後醍醐天皇を裏切って、勝手に別天皇を立てて室町幕府を開いたっていう、単純に嫌悪感感じます。

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御構廟(御首塚)
斬殺された親王の御首級がこちらに置かれたそうだ。
親王は殺されると分った時、最後のお茶を所望したそうです。でも、お茶どころか水の一杯すらもらえず、首を落とされたと、、。恨みのあまり、親王の首は淵辺義博の刀に食らいついて、刀を歯でへし折り、そのまま離れなかったという伝説が残っています。聞いたまま理解すると、護良(もりなが)親王は御霊(ごりょう)になられた、という事ですねぇ、、。もともと多分モリナガという名前は護長と書かれたんかと推察します。長く護らず、長く祟らないように、良の字にかえて怨いを解こうとしたものか、それともそのまま護良(ごりょう/御霊)と読ませる為にかえたのか、、。
そりゃ、祟るで、しかし。

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護良親王が戦の時に兜の中に獅子頭の小さなお守りを忍ばせて自らの無事を祈った事が由縁だそうで、鎌倉宮の創建当初からのお守りとして授与されているそうです。私も中型の獅子頭守を授かってきました。兜は被らないので一番よく通るふすまの鴨居にかけてあります。それと護良親王御事蹟の冊子。何度読んでも泣ける。

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もう、どうしようもなくダークな気分で泣きそうな気分で大塔宮を辞すると、
先に空が本格的に泣きはじめました。
これで鎌倉行くぞリストはすべてまわりました、、
かまくら、、実際に観る前よりもさらにイメージがダークになりました。
悲しくも興味はつきません。また別の機会にゆっくりまとめて考察したいと思います。
さて、歩くのは諦めて、バスで駅へ
さて、鎌倉を出ます。
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東海道中膝電車スキマ旅13

頼朝の墓を経て

Posted by jube on   4 

神奈川宿紀行第十二話
鎌倉うろうろしております、リスト
鎌倉宮、鶴岡八幡宮御霊神社佐助稲荷神社宇賀福神社江島神社

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鶴岡八幡宮で参拝した後、
お昼をよばれまして、午後からお参りをつづけます。
私の気分がどうもしんみり悲しくなってくるのと同時にお天気もどよどよと曇ってまいりました。
しかも、激烈に暑い、、。
鶴岡八幡宮、国宝館の横から東へ出て、鎌倉幕府(大蔵御所)方向へ向かって歩きます。

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”源頼朝公之墓・荏柄天神社を経て 大塔宮鎌倉宮”という看板の裏に石碑が見えていますが、これが大蔵幕府跡だというのが書かれた石碑です。現在は小学校が建っている。もちろんここが鎌倉の政治の中心だったのは源氏の3将軍の時期だけ、頼朝、頼家、実朝。実朝以後は京の摂家から幼い飾り物の将軍を迎えて実際の政治は北条氏本家(得宗家)が握ったんで場所も移動してます。この源頼朝、頼家、実朝の3人とも暗殺されているというのがこれまた悲しい。頼朝については以前書きましたんで割愛、頼家は『愚管抄』によると入浴中に”頸に、ををつけ、ふぐりをとりなどして殺してけり”と書かれている。風呂中=素っ裸で”頸”(首/neck)に”を”(紐/ヒモ)を巻かれて締められながら”ふぐり”(睾丸/金◯マ)を潰されて(握り潰されたと思われる)、更に刺して殺されている。武士ではなくアサシンに殺された感じよね、ハリウッド映画のスパイもんみたいで武士として最悪な殺され方。確かに頼家というとバカ将軍で有名ですが、さすがにソレは酷いで。そして実朝は昨日書いたように鶴岡八幡宮の大銀杏の陰/階段下に隠れていた公暁(頼家の息子で実朝の甥)に殺されて、首だけもってかれたので現在も胴体と首の墓が別所、しかも厳密に本当に墓の場所は分っていないです。が、一応和歌山の由良にある興国寺が実朝の菩提を弔う為に創建されていて御骨が納められています。そして鎌倉にもどって、公暁も実朝を殺した後に殺されている。尚、公暁については墓は存在しない(現在墓など関する文献も出て来ていない)。

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左には白旗神社
鶴岡八幡宮境内でも拝見しましたが、源頼朝を主祭神とする神社で社によっては源義家・源義経などの源氏の武将、源氏の氏神である八幡神を主祭神とされている社もあります。が、関西ではまったく見ない神社でして、私にはとっても珍しいです。思うけど、源氏も鎌倉幕府を鎌倉に置いたっちゅうのが無理よねぇ、ifやけど京に置いておけばどうなってたやろう。この後の室町を考えるとねぇ、まだ武家の力が弱かったので京から政治を離すのはプリマチュアやったんやねぇ。御成敗式目など画期的な法律をつくり、問注所設置などなかなかナイスな政策も多い。

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道路からまっすぐにのびる階段。鶴岡八幡宮もそうだが、参道がまっすぐなところに鎌倉らしさを感じる。切通しのくねくね感からするとその反動のようなまっすぐさ。
この階段の上に頼朝の墓がある

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鎌倉幕府ファウンダー征夷大将軍 源頼朝の墓
このタイトルにしてはかなり質素で、物悲しくなります。
もともとは勝長寿院という鎌倉時代では鶴岡八幡宮と永福寺にならんで三本の指に数えられるほどの隆盛を誇ったお寺さんにあったそうですが、勝長寿院も永福寺も室町時代に荒廃、焼失後廃絶してしまっています。現在は野原。
正岡子規が伊豆の修善寺を訪れた時に、
此の里に悲しきものの二つあり
 範頼の墓と頼家の墓と
詠いましたが、こちら鎌倉の頼朝の墓もかなり辛いです。今回拝見できませんでしたが実朝の墓も同じく。
 鎌倉に哀しきものの二つあり
  頼朝の墓と実朝の墓と
てな感じでしょうか、、、ただ膝をついて胸が詰まるにまかせるだけです。
芭蕉が平泉で三代の栄華を感じたという下りは有名ですが、奥州藤原三代の栄耀に比べて鎌倉源氏三代の悲しさったら無いですねぇ。もう栄えたのか栄えてる風なだけだったのか分らんような状態、酷いですもん。

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なんとなくうら侘しい気分でとぼとぼと荏柄天神社へ
小降りだった雨がかなり本格的にふってきそうな気配、、

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荏柄天神社
天神様(菅原道真)をお柱とする都市鎌倉の鬼門の守護として源頼朝が設置した。荏柄(土地名由来)の天神さんの神社で荏柄天神社。
鳥居と重なるようにしてイブキの木が2メートル超上空で交差していて、イブキトンネルができています。神域感もりあがるなぁ、、とカメラを構えると間髪入れず、後からやってきて車がくぐって行くのにちょっとギョっとした(あはは)。私も撮った後、車の後について、徒歩で鳥居をくぐります。

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なるほど、参道の両サイドに普通に民家が建っていて参道を通路として使てるんですねぇ、ここに住む人はイブキのトンネルよりも大きい車には乗れないという、、神域縛りがあるわけか(あはは)。
かしましい楽しげな声につられて、後を振り返ってみると、
ちょうど中学生らしき学童の6人ばっかりのグループが通りがかりまして、ふと、その子達が立ち止まり鳥居の外から拝殿に向かって一礼。とっても自然でこの前の道を通学に使っている学生さんたちは毎朝夕天神さんにぺこりとおじぎしていくんでしょう。感動しました、日本の魂の未来はまだまだ大丈夫!そしてさすが道真さん、学生の信仰厚いです。がんばれ学生さんたちよ。

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イチョウの木に銀杏の実がたわわになっていてぽとぽとと落ちてくる。
こちらのギンナンは神事に使われて、神さまから授与されるものらしいので勝手にとって持って帰ってはいけませんてな主旨の張り紙が見えました。が、ギンナンは美味しいがまだ実のついているタネになってないギンナンは臭くてねぇ、かなり欲しく無いです。そして、ギンナンが成熟している時期にもかかわらず、
なぜこんなに暑いのか、、(この日32度でした)しかも雨、湿度100%

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絵筆塚
フクちゃんの横山隆一さんらが建立した、154人の漫画家が描いた河童のレリーフで飾られていて、あの有名な黄桜のカッパ作者の清水崑さんの絵筆が納められているそうだ。
カッパパ〜〜ルッパッパ〜〜。←ゆーちゅーぶにあった♪懐かし〜。
菅原道真さんというと河童、901年に道真さんが暗殺されそうになった時に助けたのが河童(ひょうすべ)、そしてその河童大将がその時の戦闘で落とされた手のミイラが福岡県の北野天満宮に納められていたりもするし、河童に助けられ、河童を助けて河童(ひょうすべ)一族とみなされている菅原道真公。多分、河童の川太郎は河原に住む人だったんでしょうねぇ。
余談ですが和歌山では河童はゴウライさんとかガイラボシさんとか川太郎(カワタロ、ガワタロ、ガタロ)も言うかな、とにかく水の中にいるいたずら系のさして害のない妖怪で、そのゴウライさんが寒くなると上陸して山に入って、カシャンボ(ケシャンボ/ケシャボとも発音する)になります。河童系統っぽいんですが、厳密にいうと河童くさくないような、、違うモンみたいなニュアンスも感じます。いっしょにせんといてーって感じ(笑)。河童については長くなるのでこの辺でお開きにして、、ともかく道真さんにご挨拶してたっぷりお祈りしまして、
ガッパな気分で参道を戻ると、
また別の女学生が立ち止まってぺこりと頭をさげていくのが見えた。
すばらしい。

さて、とうとう鎌倉宮は目前です
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