掛川城と掛川桜

2017.04.27 09:00|away-soul
は・まなこ19
浜松から各駅停車の鈍行で30分弱



掛川城にやってきました。
室町中期、今川義元の命で朝比奈泰煕が築城。
ごまかしてええとこ撮りしていますが、掛川桜はほとんど終わりでした。

IMG_9734_20170417072409277.jpg

大変美しい天守閣
江戸初期の(1604)で倒壊1621年再建、幕末の安政東海大地震でまた倒壊し以来再建されていなかったのが、1994(平成6年)に戦後初の木造天守で復元再建されたそうです。もう20年以上前なんですが、まるで新築のような状態の良さです。掛川の人々に愛されているのでしょう。

IMG_9758_20170417072427c76.jpg

十露盤堀(そろばんぼり)
説明には名前の由来は不明だが十露盤にみえるから、と書かれていました。
確かに左が五珠で右側が地珠みたいに見える。
この十露盤堀の左側の本丸門の前面には三日月堀というその名前ズバリな堀もあって、調査によると深さは8mで堀の南側から石垣、その下からは柱穴が並んで見つかったそうなので、やはりこちらはバトル型フォートのにおいがしますねぇ。戦国時代には東海道を支配する重要拠点だったのでかなりの戦地域で有名ですねぇ。現在のこの姿は安土桃山時代に入封した山内一豊によるもので、”功名が辻”でまた有名になったみたいですねぇ。あれも大河やったんでは?

IMG_9736_20170417072429542.jpg

天守にのぼって、二の丸の御殿を眺める。
澄んでいれば富士山が見えるらしいんですが、地平線のあたりはすこぶるヘイジーでもやもや、お山は見えませんでした。空はこんなに青いのにね、大気汚染物質だわーとみなさん大声で話してはりましたねぇ。

IMG_9755_20170417072425932.jpg

天守閣から降りて、のぼった道とは別の向かって右手の細い通路を歩いて御殿のほうに向かいます。
途中、紀州からやってきた蜜柑の木なんかもありました。
二の丸の御殿にあがらしてもらいます。

IMG_9760_20170417072431ec5.jpg

御殿から天守閣を眺める
国指定文化財。嘉永7年(1854年)の安政東海大地震で倒壊したので、安政2年(1855年)から6年を費やし再建。明治2年(1869年)までの14年間は掛川藩で使用され、廃城と同時に勤番所と徳川家兵学校に転用され、廃藩置県とともに掛川宿に無償下附され聚学校として使われたそうです。その後も女学校、掛川町役場、掛川市庁舎、農協、消防署などに転用されまくった御殿です。城郭御殿というのはあまり現存していないレア建築物です。
とてもいい雰囲気の渋い御殿でうっとりと眺めまわしていると、
ドタバタと日本人観光客集団がやってきまして、、

IMG_9761.jpg

触る騒ぐ触る騒ぐ、、ほんま生け花はとくにさわらんといてほしい、せっかく素敵に活けてあるのに位置を変えてしまって台無し。
そして、大声で大騒ぎもやめてほしいですねぇ。走り回らないだけ良しとするべきか?こんな大人をみて育った子供がどうなるか、まぁ想像するのは簡単です。
ともかく情緒雰囲気瞬殺。
聞こえてくる会話によると流行りの”女子旅”だそうで、タガ外れて興奮度マックスな感じでちょと怖かったです。そして、このグループだけでなく、老若男女差なくこんな箍フリーなグループが目立ちまして、、今回の旅の負の思い出。

IMG_9775.jpg

室町時代の掛川城主朝比奈氏から城下の鎮護として下付された三体の獅子のうちの1体だと言われている(証拠はない)獅子だそうだ。
掛川町では3年に一度、獅子舞かんからまちというお祭りがあって、瓦町からの獅子舞が龍尾神社に奉納されるそうです。この獅子舞が江戸当時場内でもわらじ履のまま舞うことができたらしい。かなりのランクです。で、その獅子舞の写真も見ましたが、、かなり激しい動きの獅子舞なのでもし本当に室町時代から使用されていた獅子だとすると、すごいですよねぇ、舞い手の技量と保存方法が。

IMG_9721_20170417072412946.jpg

逆川から見た掛川城
こじんまりとしていますが、美しい城でした。
案内によると忍者が出ると書かれていましたが、残念ながら見ませんでした。
結婚式の写真撮影はやってまして、かなりものすごいのを見ました。

IMG_9723.jpg

懸河旧址の案内
天守と御殿をみたので、あとは美術館と竹の丸も拝見します〜
シリーズは・まなこ掛川、つづきます。
応援クリツクころもし嬉しです↓

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

テーマ:趣味と日記
ジャンル:趣味・実用

豊川いなり表参道

2017.04.18 09:00|away-soul
は・まなこ12

IMG_9345.jpg

豊川いなり表参道をぶらぶら♪
いつものごとく、できたらベタな”豊川稲荷”と染めた手ぬぐいが欲しい。
私のコレクトアイテムです。ちなみに普通に普段使っています。というのもあまりにも乾かないのでタオルは全て日本手拭いに替えました。風呂ゴシゴシタオルから拭き取りタオルから台布巾から包帯ヘアバンドハンケチハナカミ、寒い時にちょっと首に巻いたりと全て手ぬぐいです(あはははは)。

IMG_9419_20170411173524613.jpg

宝珠の神仏具に稲荷を感じる。
こうしておまいりするとうちでも稲荷を祀りたくなりますねぇ、なんとなくなんで流行ったかがわかるような気がする(笑)。でも荼枳尼ではなくて稲荷神を祀りたいので伏見かなぁ、やっぱり。ビッグネームやしね(笑)。

IMG_9418.jpg

こちらのお店オリジナルの豊川稲荷参拝酒
こちら門前町の大島屋さんプロデュース四海王の福井酒造製造の限定品です。白狐の恩返しといじぢくワインもかなり引かれたんですが、やはり参拝酒にしました。色はかなり濃い目で結構癖があるが確かに油モンに、そう、油揚げに合いそうな味。他にも赤味噌や酒に合いそうな地元食品も置いてありましてセットで今晩の晩酌用に、、(うへへへ)。

IMG_9346.jpg

カツ丼、オムライスか、、、
妙にオムライスが全面にでてる食堂が目立ちました。豊川豊橋のあたりはオムライスが市民色か。
オムライスは好きですが、旅先ではなんかこうアパタイトを刺激しないねぇ。

IMG_9344.jpg

ここもカツ丼とオムライスはばっちり入っている。
上定食がとても気になる、それと関東煮が食いたい、、
ま、本日休業の札が出てたんで食いたくても食えませんが。
昼飯は豊橋で食う予定なので食っても腹三分目ぐらいにせんとあかん。
ていうか、やっぱり稲荷寿しを食わねばなるまいよ。

IMG_9431_20170411173526e26.jpg

のぶ子の店
昨夜、新築ピカピカのキャバレーで浮かれポンチになって、そのまま朝まで遊びました。
で、朝、、、店から出ると、、、
ここ?!?!
ってな、ねぇ、、。そんな事があったとさぁ〜めでたしめでたし。という現代版化かし狸、いや、キツネに会ってみたいです。悶えるねぇ。

IMG_9347_20170411173522838.jpg

お薬師参道

IMG_9343_201704111735047c1.jpg

狐のオブジェ看板、商店街でお揃いでした。
そして、生きた看板も(どえらいかわいい、、、萌)
スフィンクスみたいに良い姿勢でウトウトふねこいでました。

IMG_9414.jpg

熊手というと関西では「えべっさん」いいまして、十日えびす
1月のえべっさんでゲットするもんです。
関東は「お酉さん」ちゅうのんもあるそうで、酉の市というのが鳥の名前のついた神社関係で11月に祭られてそこでも熊手が売られる。ま、えべっさんとお酉さんは別物なんですが、ここらへんも一度調べてみたいですねぇ。そんで、なんで豊川では3月に熊手なのか???もしかして、こちらでは通年で熊手がゲットできるのかもしれない、、。店の人に訊いてみようと思ったが、誰もおらんかった。店ほっぽらかってどこへ??
とりあえず、表参道を豊川稲荷の前から渡辺人形さんまで歩いて、おしゃれな手ぬぐい屋などはあったがベタな土産物屋は目につかず、ま、これで終了しようかと思ったら、

IMG_9426_2017041117350222a.jpg

豊川市観光協会オフィシャルの観光案内所があったので入ってみた。
”いなりん”グッズやスタンプがあった。そうそう、今回の旅からスタンプ帳が新しくなりました(個人的に)、シーボルトの日本博物館の手帳です。ぐへへへ。いなりんのスタンプを押して、地図をいただいて、そんでもってふと”豊川稲荷”の手ぬぐいはないですか?と訪ねてみたら、もーー申し訳ないほど恐縮されて、全くわからないがもしかしたら豊川稲荷の前の土産物屋で売っているかもしれないと教えてくれた。
せっかく一所懸命に教えてくれたし、まだ時間があるし、いなり寿司食い忘れているし(笑)、200メートルほどなので戻ってみることに。
シリーズは・まなこ豊川、まだ続きます
応援クリツクころもし嬉しです↓

人気ブログランキングへ

続きを読む >>

テーマ:趣味と日記
ジャンル:趣味・実用

神社ではないお稲荷さんです

2017.04.17 09:00|away-soul
アンケートにご協力ありがとうございました。
さて、
シリーズは・まなこ11



静岡県を出てお隣へ
愛知県豊川市にある曹洞宗のお寺さん、豊川稲荷のお狐さんたちに会いにきました。
母狐に抱っこされている小狐がかわいい(むふーーん)

IMG_9349.jpg

程よく短い距離の非常に魅力的な門前町がありましたが、まずはとりあえず豊川駅から寄り道せずに到着。
「豊川稲荷」!!!とものすごく立派な石が!
正式名称は
「円福山 豊川閣 妙厳寺」(えんぷくざん とよかわかく みょうごんじ)
嘉吉元年(1441年)ファウンダーは東海禅師、ご本尊は千手観音様。
そして、境内の守護に吒枳尼天(だきにてん)がいらっしゃるので、ま、ダキニというと白狐に乗ってますんで、稲荷神と早い時期に習合してしまっています。ちなみに稲荷神のほうは秦氏の氏神でほとんどが宇迦之御魂神(倉稲魂命)、豊宇気毘売命などのイネ、イナ系神様がお柱になっている。狐は神社の方でも眷属、狐は古語でケツ、なので御饌津神(ミケツノカミ=宇迦之御魂神の別名)か御食津(ミケツ)→御狐(ミケツ)もしくは三狐(ミケツ)と変化したということかと想像するのがベタで王道かと思うが、どうだろう。

IMG_9351.jpg

習合しているのでバッチリ境内に立派な鳥居があります。
もちろんこちらも明治のアレのときに鳥居撤去、騒ぎ終息後再建されています。だいたい寺院の鎮守に神社、神社の鎮守に寺院というのは本当によく見る日本的に自然な思想かと思う。が、混ぜすぎも政治的に利用しづらいのか、今までに何度か無理にひっぺがして信仰をわかりやすくしようとする為政者がでてきましたが、結局上っ面だけ剥がして別もんを乗っけて、本体がわからんようになってややこしいことになってしまうと、、。なんだかんだいって文献や古文書が残って居たり、本尊などが残っているとまだある程度はたどれますが、だいたい分離させなくても大モトがわからんようなぐらいに癒着した寺神も多いので、、剥がしたら死ぬことも多いのは必然かと。
寺宝館は残念ながら休館中。
今川義元が寄進した山門はこの写真から右枠外にあり、山門からまっすぐに法堂(いわゆる本堂か)があってこのお山の本体はそっちで見応えもすばらしいんですが、本ログは”稲荷”に特化させることにして省略。

IMG_9355.jpg

実際、本堂よりもずーーーっと立派に見えるThe 本殿
堂ではなく殿ですねぇ。

IMG_9357.jpg

キツネですが、超短毛筋肉ムチムチです。
大本殿の横、豊川いなり大本殿の立て札に少し情報を加えて私フィルターで説明すると、
豊川稲荷開山の東海義易は鎌倉時代の禅僧・寒巌義尹(順徳天皇の第三皇子・後鳥羽天皇が実の父説もある)の法孫(6代目の仏弟子)で、東海禅師が妙厳寺を創建する時に、寒巌自作の吒枳尼天像を山門の鎮守として祀ったのが、いつのまにやらものすごいこと信仰を集めてしまったと。ちなみにご本尊の千手観世音菩薩像も寒巖禅師伝来。
 豊川吒枳尼天の姿は、白狐の背に乗り、稲束をかついで宝珠を持ち、岩の上を飛ぶ天女の形でお札は授与所にて授かることができる。現在では荼枳尼天を勧進している寺社の最大手がこちらかと思う。
本殿から右手の階段をおりて、霊狐塚に向かいます。

IMG_9372.jpg

ぐへへへへへへへ
この表情!!もらい笑いするねぇ。
微妙に全体的なフォルムと顔が鳥山石燕の鉄鼠を思い出させるので、ネズミに見えてしかたがないお狐さんが目立った。石も同じような新しさだったので多分作者が同じかと思われるが、、。

IMG_9375.jpg

こちらはこれまたつのだじろうのうしろの百太郎に出て来そうな顔
キエーーーーって言いそう。コックリさんとかしたら出てくる感じ。

IMG_9377_20170411171629676.jpg

こちらの豊川稲荷さんにはレジェンドがありまして、東海禅師が妙嚴寺開創の時に一人のお爺さんがボランティアし、大変よく働いた。自称平八郎。
自称平八郎の持ち物は一つの小さな釜だけ。その釜一つで飯を炊き、菜を煮、湯茶を沸かした。単にオールマイティーな鍋釜かと思いきや、実はバケ釜で1人分から数百人分まで、この釜一つで間に合ったらしい。そこである人が一体どのような術を使っているのかと尋ねると、自称平八郎はにっこりと笑って
「私には三百一の眷属がありますので、どんな事でも出来ないということはありません。又どんな願いも叶うのです。」と言った。
自称平八郎は、東海禅師の遷化(遷移化滅/高僧が亡くなること、ちなみに入滅は仏が亡くなること)と当時に姿を消し、あとには翁が使っていた釜だけが残されていたそうだ。レジェンドには一言も平八郎=狐と明言してませんが、どう考えても怪しい平八郎、今だったらエスピオナージか忍者か、そこらへんかと疑われるところですが当時は口にださんでも狐の親分だろうと無理くりにそういうことにしたんでしょうねぇ。理解できんことは神仏妖怪に丸投げ。
そんなんで、豊川荼枳尼天は平八郎稲荷というニックネームが一般化しているらしい。

IMG_9401.jpg

境内にずら〜〜りと並んでいる幟
こちらで自著できるシステムで飛び入り歓迎型
2000円ポッキリ(だからバチ当たり発言はやめよう)
これは、なんかとりあえず寄付したくなりますねぇ。

IMG_9415_20170411081308af5.jpg

豊川稲荷、荼枳尼天日本重要拠点は非常に興味深かったです。
稲荷神とかなり違う印象を受けました。やっぱり来てみないとわからんもんやね。
大満足。
さて、豊川門前町を歩いてみましょう。実はくるまでにとっても気になる品が目にはいってたんです。
シリーズ続きます!
応援クリツクころもし嬉しです↓

人気ブログランキングへ
は・まなこ11

テーマ:趣味と日記
ジャンル:趣味・実用

舘山ミステリに挑む!

2017.04.15 09:00|away-soul
は・まなこ10
舘山寺続きです。

IMG_9672.jpg

こんな穏やかな浜名湖ですが、ここでよく行方不明者が出たそうです。浜名湖、湖という文字が付いていますがこちらでは”海”とみなされているようで、参道の料理屋でも「海の見えるお席あります」などというキャッチをよく目にしました。もともとは本当に湖、しかも淡水湖だったそうですが明応地震(1498年)とその時の大津波で砂州が決壊し汽水湖となったようです。

IMG_9661.jpg

如意輪観音菩薩さまらしきお姿ですが、、
だ、、誰かに似ている。
ものすごくいいお顔ですねぇ、
悟りにはたどり着けてなさそうな表情なのがこれまたたまりません。なんていうか、「今日の晩御飯は何にしようかしら?」という顔(どんな顔やねん、罰当たりな)。

IMG_9612_20170410072802b3b.jpg

舘山寺の参道を舘山につきあたると、右が舘山寺で左のこちらの階段が愛宕神社へ。が、愛宕神社と舘山寺は隣接しているので、どちらから登っても同じ場所に出てきます。実はなんとなく愛宕神社のほうから参ろうと思ったんですが、こちらの家族が延々と階段を走って上り下りしていて(トレーニングか?服装は観光客っぽかったんだが)なかなか終了する気配もなく、横をすり抜けるのもリスキーだったので愛宕神社の鳥居をくぐるのは断念しました。こちらの子供達、よく走りよく叫んでいまして、いつもガタの比較的静かでおとなしい子供達を目にしているので地域による子供のビヘイビア差もあるんだなぁと思いました。
というわけで、舘山をぐるりと回ってきて、最後に舘山最大の謎(私的に)である愛宕神社へ気合い入れて足を踏み入れました。

IMG_9690_2017041007282370d.jpg

愛宕神社
愛宕神社というと愛宕山に鎮座する愛宕権現さんで伊弉冉尊が主祭神、開祖は役小角と泰澄(白山ファウンダー)ということで修験なので神仏は習合しなおしといたほうがわかりやすかろうと思います。昨日書きましたが、同じ敷地内の舘山寺が秋葉修験ですんで、なぜ秋葉神社ではないんだろうか??
拝殿横にあった御由緒の掲示を見ると、
 ”祭神 火之迦具土大神
神亀四年当地舘山に鎮座す”
火之迦具土大神ってまんま秋葉さんっぽいですねぇ。確かに秋葉さんも愛宕さんも火伏の神様で共通項は多いです。
御由緒によると明治四年6月に近隣十社の財宝之神、幸運之神、厄除之神、子育之神、海之神、山之神を合祀したと書かれている。神仏分離と廃仏毀釈がいちばんえげつなくなってきたころで、修験への風当たりがひどかったころかと思う。生き残るためにトランスフォームして名前も変えたんだろうか。

IMG_9684.jpg

奥宮にも参った。
舘山のあちこちに役小角の石像が見られた。

IMG_9651.jpg

海岸に降りて見ると、アカクラゲがどっさりと打ち上げられていた。
乾いたらくしゃみでるよ〜〜〜。

IMG_9653.jpg

遊園地が見えている。
実は舘山寺温泉行きのバスにのったら、乗客のほとんど(かなり高齢の男性グループの観光客や単独観光客を含む人々ほとんど)がこの遊園地前で降りてしまって、もしかしたら舘山寺はこのバス停のほうが近いのか?と思いドキドキした。そんで、バスの運ちゃんに舘山寺に行くのは舘山寺温泉前で降りるのですか?と尋ねたら、「俺は舘山寺に行ったことがないから分からないよ」と言われた。慌ててグーグルマップで再確認したがな(笑)。

IMG_9618_2017041007282125f.jpg

内浦を横断するロープウエー
遊覧船も賑わっていた。

IMG_9702.jpg

参道にあるスナックのママさんが玄関先を掃いていたので、聞いてみたら土産物屋はすべて潰れてしまったり廃業したりしてしまったらしい。
いわゆる温泉街になっている参道はちょっと”終わってる”感あり。

IMG_9700.jpg

すばらしい景勝地だと思いますが、
観光地としてはちょっとしんどいように感じられました。
活気がなさすぎ。

IMG_9698_201704100727490e2.jpg

うなぎ地蔵
やっぱりウナギを殺しすぎているので供養か?
もしくはやっぱりこちらの影のドンはウナギやったんか?
家康よりも偉いというのはよくわか

舘山と舘山寺、ものすごーーーく楽しかったです。
旅行者的にはこのまま浜名湖の湖岸を走るバスで弁天島まで行きたいと思いました。
が、残念ながらアクセスは一度浜松駅に戻るしかないようなので、とりあえず戻ります。
ハッまなこ、続きます。
応援クリツクころもし嬉しです↓

人気ブログランキングへ

続きを読む >>

テーマ:趣味と日記
ジャンル:趣味・実用

天狗に会いたい!

2017.04.14 09:00|away-soul
は・まなこ9
静岡県に戻ります。



曹洞宗秋葉山 舘山寺(かんざんじ)に参りました。
810年にお大師さん(空海)がファウンダーです。
秋葉山本宮秋葉神社の秋葉山秋葉寺の末寺。残念ながら今回時間がなくて断念したんですが、浜松市にある秋葉山にある秋葉神社というと日本全国に存在する神社本庁傘下だけでも約800社の秋葉神社、秋葉大権現と秋葉寺殆どの事実上の起源となった神社です。信仰は非常に古く社殿創建は大宝元年710年。

IMG_9625_201704090924395e0.jpg

弘法大師とは別に修験道的にも重要拠点だったようで、きっとこの舘山には昔からなにか”力”があったんでしょうな。
秋葉山信仰を舘山寺の社伝目線でまとめてみますと、三尺坊は平安初期信濃国戸隠出身の周国(かねくに)さんで、4歳の頃に越後国栃尾(新潟県長岡市のおアゲさんが美味しいところ)の蔵王権現などで修行したと言われる神童(=天狗)、26歳のときに蔵王権現堂の十二坊のうちの一つを三尺坊と名付けそこに住んでいたので三尺坊と呼ばれるようになったそうだ。背丈が三尺(かねでもくじらでも1メートル前後)というわけではない(あはは)。27歳のとき荒行満願の夜に法力により迦楼羅天(かるらてん/ガルーダ)に神変!。 神変した三尺坊の元に白狐が現れ、それに乗って大同4年(809年)に秋葉山に飛んできたそうだ。以降秋葉山で入寂する永仁2年(1294年)まで450年以上の長きにわたり諸国を遊行して人々を救ったと伝わっている。ちなみに舘山寺の本山の秋葉寺は三尺坊が舞い降りた地に建てられたんですと。
 ま、残念ながら秋葉山組織は江戸期からいわゆる組織で揉めた記録が生々しく残っていることもあり、社伝をかなり盛っているでしょうねぇ、、盛りすぎて元がわかりづらいのと初代三尺坊の実在が疑われていることもあって色々とコントリバーシャルではあります。

IMG_9614_20170409092450d67.jpg

舘山寺はペニンシュラの先っちょに在り、その名の通りフィジカルに山になっていて昔は天然の灯台のような感じであったかと思われる。登るというほどの山でもないが、ぼっつらゆっくりととお参りします。

IMG_9628_201704090924523fe.jpg

穴大師に向かいます。
弘法穴古墳とよばれている古墳時代の石室で810年にお大師さんが修行を行い、そして開山。空海というと各地の地理的重要拠点にもものすごくセンスがあったので、こちらもなにか嗅ぎあてたんだろうと想像してしまいます。真の意味でパワースポット発見能力的なねぇ。こちらの横穴式円墳に21日間籠もられたそうだ。で、その時に刻まれた石像がそのまま安置されている。ま、そこらへんは後世盛ったっぽすぎてナニなんですが、雰囲気はもうものすごくすばらしいので空海作でもおっけーでございます。

IMG_9636_2017040909245330e.jpg

空海上人がここに座っていらしたと思うだけで結構興奮しますが、さらにこれが古墳時代の墳墓内部であることもあって、大大大興奮です。鼻血ブーです。
開山以来宗派を超えて多くの僧侶を含む人々に信仰されてきたそうです。
「この穴に 入るのみにて霊感あり 心願成就の大師として名あり」
さらに景勝地として超有名で、かなりのビッグネームが訪れて作品を残している。

IMG_9648.jpg

舘山のいわおの松の苔むしろ 都なりせば君も来てみむ by西行
西行法師が舘山寺参拝の折にこの岩の上で休息し、歌を詠んだので西行岩と名付けられたそうだ。またもや大興奮。最近では北原白秋なども歌をつくっている。

IMG_9659.jpg

穴地蔵
いくつかの鎌倉のやぐらを思い出させるタイプの自然洞窟らしき穴があって、中になにやらお祀りされていた。昔の人々は海難で不明になった人を探すためにこの地蔵に手を合わせたらしい。特に舘山と大草山の間の咽喉首の所で何人もの不明者がでたらしい。

IMG_9670.jpg

きがん岩
ぱっと見てひらがなだったので脳内で奇岩岩変換してもしまったが(笑、頭痛が痛い的な?)、説明を読むと祈願岩が正解かと思う、断言はしないが。コンパネの立て看板には
”きがん岩
この舘山は昔から信仰のある山です。不思議な赤岩で夕日に向かって大岩に手の平をあて心の思いをお願いすると願いが適います”(ママ)
と、書かれています。残念ながら夕日の時間でもなかったのでなんにも祈願しませんでしたが、きっとこちらも海難で不明になった人が帰ってくるように祈った場所なのかと想像しました。

IMG_9677.jpg

とさか岩
無料の観光客用バウチャーや立て看板や舘山ウェブサイトをみてみると、鶏冠岩の写真にばらつきがありすぎてどれが本当のとさか岩なのかすこし迷ったが、文字説明はほぼ一貫していて、赤色チャートであること、3つに割れたつくりになっていることなどからすると、こちらの写真の岩だろうと思う。
美しい赤いチャートの岩や石が多い。チャートの赤は鉄が酸化してできた鉱物を含んで発色するので、鉄と酸素の豊富な地質かと思う。

IMG_9600.jpg

遠くの方にものすんごいスズガモの大団体が見えた。
防波堤の手前の湖面にごま塩帯がみえるんですが、それです。多分私が見ているところから2キロぐらい南。
わーーー、これだけおったらコスズガモとか混じってそう〜〜〜。ものすんごく近寄りたかったが断腸の思いで断念(あははは)。
舘山寺、もういっちょ続きます。
応援クリツクころもし嬉しです↓

人気ブログランキングへ
シリーズは・まなこ9

テーマ:趣味と日記
ジャンル:趣味・実用

| 2017.04 |
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
Cheer!!

About

jube

Author:jube
portrait by Guy Pain
動物、鳥、虫、植物、本、映画、美術芸術をこよなく愛する放浪の紀州人。越後よりかなり偏った愛を込めて。スナップはiPhoneとキャノンコンデジが主戦力です。100%私が撮ってます(著者ポートレイトは除く)
@jubewakayama
Birder and nature enthusiast

Previously

Comments

Blog Archive

Categories

Birding

Jube Birdingコンデジ写真館
MInnesotasightseeing
鳥を中心に自然やいろんな景色とメモ記録報告。キャノンパワーショットシリーズの世界
My Birding Life List

Life, what i see

Follow Jube on instagram 100% taken by me

Instagram

Jube Welcome You;)

Search

Links to Check Out

Books

RSS

QR

QR

ページトップへ