9茅野諏訪探訪・下社春宮

2017.10.11 09:00|away-soul

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茅野諏訪探訪その9
諏訪大社下社春宮に到着

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万治2年建立の石鳥居
社頭から真っ直ぐ諏訪湖に向かう方向に800メートルが大門通りといって、昔は春宮専用だったらしい。下社の大祝金刺一族や武将が流鏑馬をした馬場でもある。その頃は両サイドを大木が生い茂り昼でも暗い参道だったらしいが、昭和39年に最後の一本が枯れて今では全く当時の面影はない。
参道も真っ直ぐと伸びるキッパリとした春宮

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下馬橋、ここから下乗下馬、、
ではあるんですが、駐車場がさらに奥なので下乗しません(滝汗)
今では路の真ん中にポコっとある飾りのようにみえていますが、一応御手洗川にかけられた橋で鎌倉時代の建築様式ながら室町時代の建立と言われているらしい。元文年間に修築されているがげ下社で一番古い建築物で遷座祭の神輿はこの橋を必ず渡るらしい。この御手洗川が清めになるので御柱もこちらの川を曳行されて清められるとの話。

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境内はなんとなく穏やかなムード
御柱に囲まれているのはご神木の杉、普段は山の上に鎮座している神々がこの杉の木に降りてくると考えられているらしい。上社で感じたややこしさがこちらには無い。

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境内を西脇から出て浮島へ向かう
砥川の小さな中洲でどんな洪水になっても流されることがないらしい。中州に鎮座しているのが浮島社。清めと祓いの祓戸大神様が祀られている。

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浮島には禊場らしき階段も設置されている。
なるほど、、
浮島を介して川を渡る

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岡本太郎揮毫
太郎氏も絶賛の万治の石仏

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田んぼの中にデーンと座っている阿弥陀様
万治三年に刻まれた石仏で、3Dで2Dな今どきの言い方をすれば、ゆるキャラに通じるデフォルメのある仏様のような印象を受ける。非常に安定のよさそうな体部にくらべ頭部が危ういところにチョコリと乗せられている。
ほんまイースター島からやってきたようなお顔よねぇ。
ご当地小説家新田次郎の『鷲ヶ峰物語』再読してみようっと

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名のある仏師の美々しい阿弥陀様もいいが、石工たちが刻んだこの石仏には素朴な信仰心を感じる。
ていうか、なんとも言えないおとぼけな感じがあるというか、、横から見た姿と正面から見た姿の印象が違いすぎるのも興味深い。

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後ろ姿
万治の石仏は正面で一礼し手を合わせて「よろず治りますように」と心で念じ、石仏の周りを願い事を心で唱えながら時計回りに三周する。そして正面に戻ってきたら「よろずおさめました」と唱えて一礼するそうだ。
石仏の周りには手向け水入れや供物台の石造りの仏具も置かれているが、その周りを3周するようになっているようだ。が、見ていると初めに回り始めたオバサンがこの仏具と阿弥陀様の間(正面写真の石仏の前に置かれている3つの石造りの水入れや供物代などと石仏の間の狭い空間)を阿弥陀様を撫でながら歩き出して、その後の子連れの家族もそのおばさんと同じように全員同じようにさすり歩きしていた、、(滝汗)。その周り方が正しいならこの石仏の胴回りに積年の手でさすった跡が見られるはずだが、そんな様子もないのできっと間違った周り方かと思うが。ともかく私は足跡がたくさん残る外側の円周を歩いておいたが、歩きながら願い事ではなくてこうして儀式や様式がズレて失われたり違う儀式になっていったりするんだろうなぁ、、伝言ゲームみたいなやつやな、、諏訪の口伝神事もこんな風に色々と違うものになってきているのだろうなぁ、、とつらつら考えてじんわりと文字にならない歴史を思ったんでした。

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おんばしら館よいさ
こちらにもよって、御柱祭の様子のショート映画を鑑賞。
展示物を拝見しようとしたら、全くひとりきりにしてもらえず係員さんがひっついてきて説明をしてくれた。館員さん?の説明によると御柱祭りの行列は見世物であって神事ではないようで、「芸」を披露するものだそうだ。そして、上社の氏子の法被は全部黒く古臭く地味でダサいが、下社の法被はカラフルで今風でしゃれているそうだ(ええええ????って心の中でだけツッコミました)きっと下社氏子さんなんだろうとおもいます、言葉の端々から上社と下社でかなりコンペティションがあるように伺えました。私からすると、上社の黒い揃えの法被のほうがカッコいいと感じましたが、、。
ともかく最後にいくつか気になっている点を質問してみたが、残念ながら答えは得られなかった。ていうか、こんなところでテコの原理について延々とドヤ顔の説明を聞かされるとも思わんかったのでかなり不思議体験となりました(あははは)。テコの原理って知らん人おらんと思うんだが、、。ともかく、こちらの説明を聞く限り、上社から下社に行くに従って神事の意味合いは薄れて、祭祀ではなく宴会的というか楽しみの祭り色がつよくなっているように見受けられました。なんとなく上社の狩猟民族から下社の農耕民族への移り変わりみたいなねぇ、、。本当に興味深いです。

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お役御免となった旧御柱でつくられた御守と鹿食免と鹿食箸を授かりました。
日本全国たくさんの社がありますが、免肉食符があるのはこちらだけですねぇ。なんせ超なまぐさばばあの肉食いなんでありがた〜〜いお札です(笑)。それと宝物殿のチケットが木製なのもしゃれてますんで、栞にしようと思います。
諏訪大社、期待通り、、否、期待以上にインタレスティングでした。
楽しい〜〜〜。
茅野諏訪探訪、まだまだ続きます
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6茅野諏訪探訪・下社秋宮

2017.10.07 09:00|away-soul

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諏訪大社下社秋宮
祭神:八坂刀売神
神様はイチイの木
真ん中はお柱さまが通る
鳥居をくぐり、正面に見えるのがネイリの杉
境内の雰囲気が上社にくらべてマッタリ優しい感じ。

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樹齢は6〜700年
寝入りの杉とか、根入りの杉とかいろいろと言われているようですが、詳細不明。夜は枝を下げて布団をかけて寝ているように見え、たまにイビキも聞こえるという伝説があるそうで(いびきて、、)、この神木の皮のお守りは夜泣きが治るらしい。

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ここでいっぺ境内地図を把握しておく。
前宮本宮に比べてごくごく普通な感じのマップになっている。ネイリの杉がめだっているが、こちらの神様はご神木でイチイの木。ちなみに春宮は杉の木で、おさらいすると上社本宮は守屋山、前宮は一応本殿が建設されてしまっていてややこしことになっているが、なんか別であろうと思われる。所謂中央の本殿祭祀を取り込むフリをしている途中でうっちらかってコンプリートしていない感が、、。

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下社神紋は五根の梶
上社の梶紋は「諏訪梶」で根が4本、下社の梶紋は「明神梶」で根が5本。
面白い事に下社周辺で尋ねると、上社には普段神様がいないので四本足、下社には普段神様がいるので五本足だ、と説明してくれる人が多かった。ある人は冬場に上社から男神さんが来るので下社にある女神さまと合体して5本足になるんです、という道祖神文化圏にはとても納得しやすい説も。みなさん、なんとなく自説あっておもしろかったです(あはは)。

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傷だらけの柱
いつも思うんですが、こちらの御柱は綱つけられて地面とかゴンゴン引きずられてボロボロになって、、市中引き回しの刑というか、ゴルゴダの丘で貼り付けになるジーザスさんとかそんなんを想像してしまいます。
伊勢のお木曳き行事とかは豪華な櫓に乗せられて運ばれますんで、えらい違いですよねぇ。

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御柱でセミが脱皮していました。
なんとなく有難いセミになっているような気がする(あはは)。

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神楽殿
出雲系大社の〆縄とよく似ていると思ったら、出雲から職人さんを呼んで作ってもらったものらしい。とはいえ、かなり小ぶりではありますが。

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神楽殿の裏に隠れるように社殿がある。
この二重楼門が拝殿、江戸時代の絵図には帝屋(御門戸屋)及び回廊と記されている。
なんやろねぇ、同じ神様がベースなんですが、上と下でものすごく受ける印象が違います。ともかく、春宮にお参りしたらあらかた自分の中でなにか腑に落ちるかも。行くでぇ。

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こちらにも温泉の手水舎
なんか、温泉って幸せ〜〜。

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宝物殿
奈良時代の平城天皇の御下賜と伝えられている売神祝印などを観ることができる。上社宝物殿と共通券。
さて、中山道と通って春宮へ向かいます。そうそう、諏訪大社のお土産は下社秋宮のアレにして、ってリクエストをもらっていたんで、そちらもゲットときましょう〜・

茅野諏訪探訪、つづく
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5茅野諏訪探訪・なぞなぞ宮

2017.10.05 09:00|away-soul

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茅野諏訪探訪その5・諏訪大社本なぞなぞの宮

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諏訪大社上社本宮
本殿はなく、本宮は拝殿後背の守屋山。
数日前に来た時は奉納相撲があり、たくさんの氏子さんたちや観光客、それにテントや出店などもあって境内の様子がわかりづらかったのでリベンジ。
広い北参道に駐車場や観光客用のお店が集中していて、鳥居も立派なものがあるので北参道が正面のように見えますが、こちらは正規の入り口ではない(正規ってのもナニですが)

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境内案内図
この図を見ると、赤い矢印に沿って歩くように指示されていて、東参道に入り口門があるのが見える。古地図では東参道が入り口になっているのがよく分かるし、東の鳥居の前に御手洗川が流れていて、昔は御手洗川で禊(手水舎もあるが)をしたと書かれていた。それにこの御手洗川が”元朝の蛙狩り”、元旦に行われる蛙狩り神事が行われるのがこの川です。御手洗川の神橋の上の一段高い所で氷を砕いて川底を掘ると必ず蛙が出てくるらしい。で、二匹の蛙を捕まえて、神前で柳の弓矢で射殺して、矢に刺さったままお供えする。必ず蛙が出てくるところがミラクルとされている。
ともかくそんなんなので東から入るのが正しいように思われる。
が、しかし、柱を見ると、北参道のところに一の柱、東参道の前に二の柱があるので、、

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この鳥居は先日拝見した奉納相撲の土俵と神楽殿の間で、一の柱と二の柱の中間点から一の柱寄り。でもまぁ御柱的正面くさいかと思われる。が、こうしてここから見ると四脚門や御神山遥拝所がすべてビミョーーにずれている。この一の柱と二の柱の間の先に御神体守屋山もあるし、地図にもちゃんと御神山と記入されているのが見えるので、この方向がご神体方向ではある。
が、神社というのはえてして正面から入る社が少ない、特に祟り神はまずもって正面一直線に参道がないしねぇ、、ちゅうことでこちらも祟り神っちゅうことなのか?ともかく、境内図の赤い矢印のとおりに進む

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二の柱の横に巨大な樹齢約千年の大欅
古には”贄掛けの欅”と呼ばれて、贄や御狩の獲物、供物を掛けて祈願したらしい。現在はこの又のところに鹿を掛けるならレッカー車がいるほど巨大化している。

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二の柱を贄掛けの欅と挟むようにして入口御門がある。
入り口から布橋を通る、昔は布が敷かれていて大祝だけが渡ることのできる廊下だったらしい。
北参道から入ると目の前の一般人用遥拝所だが、東経由でZの字に歩いて到着。

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アサッテの方向に向いて拝みますんで、いまいちキアイがはいりません。
東参道から入ってくる参拝客に向かって拝んでいるように感じる、、(滝汗)
ちなみに、この無理やり拝ませ所に向かって右手に遥拝所がありまして、そちらはちゃんと御神山に向かって拝むようになっています。ていうか、、

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こちらの明治のアレ(神仏分離)の前の再現地図をみると、どう見ても神宮寺に向かって拝んでるように見えるが、、。まぁ、この延長線上にはビミョーに前宮の所謂”本殿”もあるんですが
ともかく、諏訪の神様を信じる者以外はべつのもんでも拝んどけ的な?
中央から押し付けられたモンを信じるフリして屁かましてる的な?
ものすんごくいろいろと妄想膨らむお社であります。

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御沓石
玉垣の外、一の柱のそばに大きな岩がある。真ん中の凹んだ所がお諏訪様が踏んだ沓の跡なんだそうだ。
「たまちはふ神のみくつのあととめてこのとこいわのいくよへぬらむ」
梶の木が神様のおりてきそうな心地がする。

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お諏訪さまの門番の神様、現在は諏訪大神の御子神出早雄命が祀られていることになっている。イボ神様として有名だそうで、昔から石を投げてイボをとってもらうという風習があったらしい。石をぶつけるて、、土器割とかそこらへんのケガレ落とし系動作やねぇ。それにしても石をぶつけるちゅうのがまたダイレクトにそういう事なんでしょうねぇ。蛙狩とか、石ぶつけるとか、、まつろわぬ感モリモリな感じ。
ともかくいろいろとナゾですねぇ、、
守矢神長官の口伝が近代まで続いていたのに、ほんのひと世代前に途絶えたというのが非常に残念すぎてたまりません。どっかにもっとクルーが残ってるんではないだろうかと思う。さらに研究が進むことが望まれますねぇ。
ともかく、次は下社へ

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4茅野諏訪探訪・上社前宮

2017.10.04 09:00|away-soul

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茅野諏訪探訪その4・諏訪大社上社前宮

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こちらの前宮が諏訪大社四社の中で一番古く、諏訪大神が初めて出現したのがここだそうです。ただし、何人か地元の氏子さんに話を聞いた所、全員こちらの前宮に「イヅモの神様がきたのが前宮」という主旨の説明をしてくださいました。話を統合するとどうやら地元の神様は山の中にいて麓にはなんどごとの時にしか降りてこないもんみたいです。なので、普段整備された施設(神社)にいますのはイヅモの神様か権現さんかそこらへんみたいな印象を受けまして、ものすごくインタレスティングです。あまり頓着ないようですが(あはは)。

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境内図ではなくて、史蹟案内図があった。
前宮は明確に区切られた境内をもつわけでなく、なんとなく近所の民家や畑や田んぼと普通の通路や道があって、お寺やお墓もあって、古墳もあちこちにありなんというか、宗教組織や派閥を超えた所にある”信仰”というのを感じさせれられる場所です。本殿に向かって右の山が守屋山で本宮のご神体。

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案内図には本殿と書かれてるし、社務所で入手できるブックレットも本殿になっている。が、明治のアレの時に上社の摂社として登録されたので前宮だけは本殿が存在してしまっているだけでかなり便宜的な感じがする。なんちゃって感があるのは元々の諏訪信仰において神様は建物の中に入りきるもんではないんだろうと感じる。でかすぎるうえに多すぎる神様たち。もともとは柱だけで、神様がおりる目印なんか、、もしかしたら存外人間用の結界(魔法陣的な)やったりしてねぇ、、てな感じでまたもや妄想の旅に出てしまう。
御柱の背後に控える地域は残念ながら非組合員立ち入り禁止です。また左後方の小高い所は諏訪大神の御神陵だと伝えられているそうです。が、古墳がたくさんあるので、そういうことになっているか、もしくは実際にこの古墳/陵の主が神だったのでしょう。もう一つ鳥居の内側、右手に社務所があり、

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鳥居左手に十間廊
間口が三間、奥行きが十間なので、十間廊。昔は神原廊とも呼ばれていたそうで、上社最大の神事、三月酉の日の御頭祭(大立増神事、酉の祭)が行われた場所。御頭祭については昨日のログをどうぞ。明治以降は4月15日に本宮で例大祭を済ませてから、行列とお神輿を渡御して、こちらの十間廊に安置するという神事が行われているだけらしい。
で、この鳥居をぬけて十間廊をすぎて階段を昇るとなんか境内から出てしまった感がする雰囲気で普通の民家がある一般道に見えますんで、結界から出てしまったような気分になります。え?ってなりますが、そのままズンズンと登っていく。

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御室(みむろ)社
中世までは竪穴式住居(文献によっては半地下式の土室)があり、旧暦12月22日に「ミムロ入り」し、翌年3月中旬の寅日までお篭りし、ミシャグヂ神と人と蛇が一緒になって御頭占、筒粥占などの信じが行われたと、、
ここです、この場所ですわ、、
今はもう立て札と祠が見えるばかりですが、、感動しますねぇ。ミシャグチ様の神事としては八ヶ岳山麓の御射山(ミサヤマ)神事と並んでとても気になる神事ですよねぇ。単純に御射という感じはミシャグチのミシャを当てたものっぽいですし。ぐねっとした舗装道路をゆるゆるとのぼると

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前宮本殿、、
とは案内図に書かれていますが、なんとなく拝殿のような雰囲気です。諏訪大社全四社ともに拝殿感はありますが、こちらは特に感じますねぇ。
御祭神は八坂刀売命(やさかとめのみこと)、ということになっています。

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前宮一の柱
山に向かって柱から右手の方に鶏冠社がある。
一の柱の奥にちらりと見えているのが四の柱、

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二の柱
三の柱から二の柱にむかって水眼川という小川があって、水質が大変いいそうです。
水と木と土地
社殿の右手前から1の柱が始まって、時計回りに配置されている。

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三の柱
諏訪大社の他の三社では前宮のように全ての柱のそばに寄ることはできないので、四本の御柱すべてに触れたいのなら前宮に来なければならない。

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上社四根の梶、諏訪梶です。
いろいろとありましたが、
非常に有意義でした。
さて、次は下社、、の前にもう一度本宮へ向かいます。
茅野諏訪探訪その4
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3茅野諏訪探訪・守矢神長官

2017.10.03 09:00|away-soul

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その3 茅野諏訪探訪・守矢神長官
茅野市、諏訪大社上社本宮と前宮の中間地点に
神長官守矢史料館があります。
本宮からも前宮からもちょうど900メートル

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薙鎌が復元されている
バチあたりそうですが、鳥に見えて可愛いくて、欲しいなぁ、、と思ってしまいました。
御柱祭の時に、上社の本見立をした御柱(御柱に選ばれた木)に薙鎌を打ち込んで、ご神木になった事を表すそうですし、他にもいろいろな神事に使用されます。室町時代からいろいろな魔を調伏させる利剣として、また神弊と考えられているそうです。

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現在七八代
本当に残念なことに口伝継承は七十六代目で途絶えたそうですが、色々な資料を元に研究がなされているそうです。史料館は守矢神長家の敷地内で、門が開かれていてウェルカムな感じではあるんですが、よそ様のお家に入って行くのは妙にドギマギしますねぇ。ともかく、門から足を踏み入れるとすぐ左手にプライベート祈祷殿がありまして、さらに門をくぐると奥、敷地の西南に見えているのが

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御頭御社宮司(おんとうミシャグチ)総社
ミシャグチ様を祀る
雨と霧でけぶっています。

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こちらのミシャグチ様がもともとの諏訪の根っこの神様であるのかと思われます。表向きは中央政権の神仏を取り込み、姿を変えながらも、こちらではコンタミされることなく続いていたのでしょう。それも近代の宗教汚染で絶滅、残っている部分もあるのでしょうが、トキみたいな感じですね。失われてしまったものを感じて、喉元がつまる気がしました。
梶の老木があったそうですが、平成2年に枯れてしまったそうです。今見えている大きな木はカヤとクリでたわわに実っていました。それとやはり一回り小さいながら梶の木もあって神々しい。古墳(円墳)もあります。

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史料館の設計は藤森照信
今風でありながら、景観を損ねないおしゃれな建物です。

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菅江真澄の図会にある御頭(おんとう)祭の供物の一部が再現されている。
春の御頭祭に先駆けて、冬にミシャグチ神が前宮に作られた”御室”(みむろ)という縦穴式住居に篭り、一緒に神官と蛇が中に入り御頭占、筒粥占などの神事が行われる。御室の神事は3月で終わり、3月の酉の日に御頭祭のfeastが饗される。

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御頭祭のメイン会場は前宮のこちら、諏訪大社上社前宮の十間廊には俎板の上に並べられた鹿の頭が75(鹿の数が少ない時はイノシシやカモシカで代用されたらしい)。中世には首だけではなく、丸ごとで供えられたこともあったそうだ。そのほかの獣、いろいろな魚、鳥、爬虫類などありとあらゆる肉、穀物。大勢の神官が敷皮の上に座り、酒をのみながら肉を食べる。

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75の鹿頭の中には必ず神の矛で捕られた耳のさけた鹿がまじっていることになっている。
こちらももしかしたら御柱と同じで前年までに神の鹿として選ばれた個体が耳に印の切れ込みを入れるのかもしれない、御柱に薙鎌が打ち込まれるように。今となっては失われている神事なので想像するだけですが。

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供物にはフレッシュな白い野うさぎの串刺し、皮焼(多分イノシシの頭皮を鼻頭を中心に切り裂いて焼いたもの)、鹿皮を細切りにして焼いたもの、あらめ(海藻)、脳和(茹でた鹿肉と、別に鹿の脳みそを紙に包んで熱湯に浸したものを和えたもの)、鹿肉煮付け、ウサギの切り身煮付け、ウサギの炒め物、モツ煮
神官たちの飲み食いが一通り済むと、篠がほどかれ、

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御杖/御贄柱が立てられ、そこに御神(おこう/紅い着物を着せられた8歳ぐらいの小児)が桑の木の皮で作った縄で縛られて生贄になったらしい。
御杖/御贄柱(おにえはしら、おんねばしら)は2本、無節の桧の角柱の上端を尖らせたものにヒノキ、コブシ、ヤナギ、ジシャの枝、柏の葉に麹を盛ったものを折りバシに差したもの、矢を取り付けてある。
祭具は他に、サナギ鈴、根曲太刀、藤刀、弓矢

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サナギ鈴/ 御宝鈴・御宝・佐奈伎鈴
室町時代初期には神使巡幸湛神事(タタエシンジ)で使用されてたらしい。各地のタタエでミシャグジ神を降ろし、土地の豊穣を約束し、お礼に農作物の何割かを貢上する契約を締結したときにこのサナギ鈴が鳴らされる。違約があるとタタリがあるという。その他にも争いごとの和睦や土地境界決めの際に鳴らされたそうで、誓約(ウケイ)の鈴。和歌山でいうところの熊野牛王符みたいなものか、、。
守矢家のミシャグチ神三種の神器はこのサナギ鈴、鉄鈴、陰陽石だそうです。

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守矢家から移管された六個一連のものが三組、上社本宮の宝物殿展示されていて拝見してきました。社務所で入手できる絵葉書セットにもフィーチャーされています。
実物を見た印象は狩猟の時に勢子が使うナリモノのような、そんな実際に使用するもの的なオーラを放っていました。ただの飾り物ではないような雰囲気です。
御杖/御贄柱が御柱のルーツだという説もあるので、もしかしたら神事がはじまった当初は御柱にも生贄が縛られて天高く捧げられたのかもしれませんねぇ、、。御柱祭では今尚死亡者が出るのは生贄システムの一環が残っているような気がしてなりませんなぁ。
さて、日を変えて御頭祭が行われた上社前宮に向かいます。
茅野諏訪探訪続きます。

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